答《おしもんどう》をする声がつづいていたが、やがて、猫女のピストルに脅迫《きょうはく》されて、チャンウーは奥の一間へ入っていった。それにつづいて猫女が入っていくと、バタンとドアのしまる音。話声はそれきり聞えなくなって、チャンウーの店は墓場のような暗さ、静けさ。
春木、牛丸の二少年は、ほおっと顔を見合せた。
「春木君、猫女て、すごいやつやな」春木少年はそれに答えず、しばらくは何か考えていたが、やがて低い声で、
「ねえ、牛丸君、いまの猫女の声ね、君、あれに聞きおぼえがあるような気がしなかった?」
「えっ、さあ、ぼくは気がつかなんだが、誰の声に似ていたんやね」
「いや、君が気がつかなかったとすれば、ぼくの思いちがいだろう。だけど牛丸君、さっきの小男はどうしたんだろうねえ」
「さあ。あいつも奥へ入っていったんやないやろか」
二人がそんなことを囁《ささや》いているとき、奥の部屋から苦しそうなうめき声がもれてきた。チャンウーの声なのだ。しかも、世にも苦しそうなうめき声……。
春木、牛丸の二少年は、ぎょっとしたような顔を見合せた。
「春木君、大変や、チャンウーが拷問されてるんやないやろか」
「そうだ、そうだ、牛丸君、さっきの部屋へかえろう」
「さっきの部屋へかえってどうするんや」
「警察へ電話をかけて、お巡《まわ》りさんにきてもらうんだ。さっき小玉君のお父さんにいわれたろう。自分が子供であることを忘れちゃいけないって。だからお巡りさんに電話をかけて猫女と小男をつかまえてもらうんだ」
二人は、そっと、チャンウーの店の屋根からすべりおりると、ビルディングの非常梯子を、脱兎《だっと》のごとくかけのぼっていった。
空かける悪魔《あくま》
春木、牛丸君たちの、少年探偵団が電話をかけたとき、ちょうどさいわい、警察にいあわせたのは秋吉警部《あきよしけいぶ》。
秋吉警部を諸君もおぼえていられるだろう。チャンフー事件の担当者だが、その事件が進展せず、どうやら迷宮入《めいきゅうい》りをしそうな模様に、業《ごう》を煮《にや》していたおりからだけに、少年探偵団からの電話をきくと、こおどりせんばかりによろこんだ。
「よし、それじゃこれからすぐいく。ときに君たちは何人いるんだ」
「はい、少年探偵団は同志《どうし》五人であります」
「それじゃね、みんなで手分けして、万国堂《ばんこくどう》の周囲を見張っていてくれ。しかし、くれぐれもいっておくが、よけいなことに手をだすな。われわれがいくまで待っているんだぞ」
「承知《しょうち》しました。できるだけ早くきてください」
電話をきって春木少年、警部の言葉を一同につたえていたが、何思ったのか、急にはっと顔色をかえた。
「どうしたの、春木君、何かあったの?」
横光君が不思議そうに訊《たず》ねるのを、しっとおさえた春木少年。
「牛丸君、あれ……あの物音……?」
「なんや、あの物音……」
牛丸平太郎もギョッとして、春木君といっしょに耳をすませたが、にわかにガタガタふるえだした。
ああ、聞える、聞える、ブーンブーンと竹トンボを廻すような音。たしかにヘリコプターの爆音《ばくおん》なのだ。しかも、しだいにこちらへちかづいてくる。
「田畑君、電気を消してくれたまえ」田畑君が電気を消すと、応接室のなかはまっくらになった。
「春木君、どうしたの。あの物音はなんなの?」
暗闇のなかで小玉君が、不安そうに訊ねた。
「ヘリコプターだよ。ほら、いつか牛丸君を誘拐《ゆうかい》していった。……」
「ああ、六天山塞の頭目《とうもく》が持っているという……?」
少年たちはギョッとしたように、暗闇のなかで顔見合せたが、
「それにしても、いまごろどこへいくつもりだろう」
と、田畑君が訊ねた。
「ひょっとすると、万国堂めざしてやってくるかも知れないよ。牛丸君。横光君」
「春木君、なんや」
「君たち二人は万国堂の表のほうを見張ってくれたまえ。それから、小玉君と田畑君は、万国堂の裏口の見張りをしてくれたまえ」
「よっしゃ。わかった。しかし、春木君。君はどうするんや」
「ぼくはここにのこって、この窓から万国堂を見張っている。もうそろそろ、警部さんがくる時分だから、みんな早くいってくれたまえ」
「よっしゃ、春木君、気をつけたまえよ」
「大丈夫《だいじょうぶ》、君たちこそ気をつけたまえ。警部さんがくるまで、むやみに手だしをするんじゃないよ」
「わかった。わかった。さあ、みんないこう」
牛丸平太郎を先頭に立てて、四人の少年がバラバラとビルディングからとびだしていったあとには、春木少年がただひとり、暗い応接室にとりのこされた。窓のそばによってみると、ブーンブーンというヘリコプターの爆音は、いよいよこちらへちかづいてくる。下をみると、万国堂はあいか
前へ
次へ
全61ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング