都合《つごう》のいいことには、その三階に、少年探偵団のひとり、小玉君のお父さんの事務所があった。
少年探偵団の一行五名は、学校がひけると、海岸通りへ出向いていって、なにくわぬ顔で、チャンウーの店のまえを通ったが、
「なんだ、ここなら、お父さんの事務所のとなりじゃないか」
と、小玉君がささやいたので、それじゃお父さんにお願いして、しばらくその事務所の片隅《かたすみ》をかりようということになった。
そこで五人の少年は、三階にある小玉商事会社の応接室へあがっていったが、ますます都合のよいことには、その応接室はチャンウーの店のがわにあり、窓からのぞくと万国骨董商が眼の下に見えた。
「ああ、こいつは都合がいいや。小玉君、なんとかしてお父さんに、しばらくこの部屋をかして下さるようにお願いしてくれたまえ」
「いいとも。ぼくのお父さんは、たいへん物分《ものわか》りのいいひとだから、きっと承知してくださるよ」
やがて、応接室へでてきた小玉氏というひとは、いかにも物分りのよさそうな紳士であった。小玉氏は息子の小玉少年から話をきくと、はじめは眼をまるくして驚いていたが、一同がかわるがわる熱心にお願いすると、
「なるほど、それじゃいつか牛丸君を誘拐《ゆうかい》した、六天山塞《ろくてんさんさい》の山賊のゆくえをさぐるために、チャンウーの店を監視《かんし》するというんだね」
「そうです。そうです。ぼくらは警察に協力して、一日も早くあの山賊をとらえたいのです」
春木少年が、熱心にお願いすると、小玉氏はにこにこ笑って、
「よしよし、いや、いまどきの少年、すべからくそれくらいの勇気がなければならぬ。いいとも、君たちの頼みをきいてあげよう。しかし、ここに条件がある」
と、いって、小玉氏はつぎのような条件をだした。
まず、第一に、自分たちがまだ子供であるということをよく心得《こころえ》て、決して危《あやう》きにちかよらぬこと。第二に、何か変ったことを発見したら、すぐに警察へ報告し、みずからは手だしをしないこと。第三に、夜九時までにみんな揃って帰宅すること。
「わかりました。お父さん。ぼくたちは決して、お父さんに御心配をかけるようなことはしません」
春木少年が一同を代表して断言《だんげん》すると、小玉氏はにこにこ笑って、
「よしよし。それじゃ、今夜から監視をはじめるのだろうが、君たち、飯はまだだろ。それじゃ、前祝《まえいわ》いに夕飯を御馳走しよう」
と、親切な小玉氏は、五少年をひきつれて、近所の中華料理店へいって夕飯をふるまった。
「それじゃ、君たちの成功をいのるよ。しかし、くれぐれもいっとくが、自分たちがまだ子供であることを忘れちゃいかんよ」小玉氏から激励《げきれい》と忠告《ちゅうこく》をうけて、中華料理店のまえでわかれた五少年が、すでに日の暮れた路《みち》を、ビルディングのほうへかえってくると、そのとき、万国骨董商のなかからとびだしてきた婦人があった。
「あっ、あれは立花先生じゃないか」春木少年がいちはやく、先生のすがたを見附けて注意すると、
「そうだ、そうだ。立花先生だ。先生は、なんの用があって、こんなところへきたんやろ」
牛丸平太郎も不思議そうな顔をしている。小玉、横光、田畑の三少年もギックリとしたような顔を見合せた。しかし、幸い立花先生は気がつかなかったらしく、男のような足どりで、スタッスタッと黄昏《たそがれ》の闇のなかに姿を消した。
「どうも変だね。ぼくはまえから、立花先生を変だと思っていたんだよ」
春木少年はあるきながら、考えぶかそうに呟《つぶや》いた。
「変て、どういうふうに?」小玉少年がききかえした。
「だってね、このまえ、チャンフーが殺された日にも、立花先生は万国堂のまえを通りかかって、飾窓をのぞいたというんだろ。そして、そのとき、飾窓のなかには、黄金メダルの半ペラが飾ってあったんだ。しかもそのつぎの日、金谷先生がそのことをしゃべると、立花先生、とてもいやな顔をしたという話だよ」
「うん、そういえば、立花先生はよく学校を休むね。それにどこへいくのか、ときどき寄宿舎《きしゅくしゃ》からいなくなることがあるという話だよ」田畑少年がいった。
「よし、それじゃ、明日から手分けして、誰かが立花先生を監視することにしようじゃないか。監視なら、子供にだってできるもの」横光少年の言葉だった。
「うん、それがいい。いずれ、明日になったら、誰が立花先生の監視にあたるかきめよう」
こうして、また、新しい探偵の方針がたったので、一同は、満足して、三階の応接室へかえってきた。窓から見ると、チャンウーの店から、ほの暗い光がもれている。
「あ、見給え。チャンウーの店には天窓《てんまど》があるよ。あそこから覗《のぞ》けば、店の様子がよく見えるにちがいない
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