よ」
「そうや、そうや。ぼく、ひとつあの屋根へおりてみようか」
牛丸平太郎が、ハリキって、窓からからだを乗りだすのを、春木少年はおしとどめ、
「いや、ちょっと待ちたまえ。もう、しばらく、あたりが暗くなるまで待とう」
それから一時間ほど待つと、あたりはすっかり暗くなった。チャンウーの店の天窓からは、あいかわらず、ほのぐらい光がもれている。
「春木君、もう、そろそろ、ええやないか」牛丸平太郎は、さっきから、腕がムズムズしているのである。
「そう。もうそろそろいい時刻だね。ところで、誰が偵察にいくか、これは公平を期《き》してくじ引きということにしよう。ひとりじゃ心細いから二人一組となっていくことにしようじゃないか」
春木少年のこさえた、五本のこよりを引いた結果、牛丸少年と春木君がいくことになった。ほかの少年たちは失望したが、これまた、あとでどんな役があるかも知れないからと慰めて、いよいよ、春木、牛丸の二少年が、偵察にいくことになった。
ちょうどいいあんばいに、このビルディングの側面《そくめん》には、火事などの場合にそなえて、非常梯子《ひじょうばしご》がついている。その非常梯子は、チャンウーの店のすぐそばをとおっており、その間、半間《はんげん》とはなれていない。春木、牛丸の二少年は人眼をさけるために、窓から外へでて、軒蛇腹《のきじゃばら》をつたって非常梯子にとびうつった。それはかなり冒険だったけれど、身の軽い二少年には、大してむずかしい仕事でもなかった。
非常梯子をつたって一階おりると、すぐ眼の下にチャンウーの店の屋根がある。二少年は猿のように身軽にその屋根にとびうつった。屋根はかなりの傾斜《けいしゃ》だが、身のかるい少年には、天窓のところまで這《は》っていくのは、大してむずかしい仕事でもなかった。天窓には厚い針金入りガラスがはまっている。それは昼間、採光《さいこう》をよくして、陳列品《ちんれつひん》をひき立たせるためである。
ふたりが天窓まで這っていってなかを覗くと、ほの暗い電灯のなかに、珍奇《ちんき》な仏像《ぶつぞう》や、奇怪な大時計や、古めかしい鎧《よろい》など、さまざまな骨董品が、ところせまきまでにならんでいた。そして、店の一隅《ひとすみ》に、さっき立花先生がもちこんだ、あの大花瓶《だいかびん》もおいてあった。
春木、牛丸の二少年は、息をころして、このあやしくも、風変りな店のなかを覗いていたが、ふいに春木少年がギュッと力強く、牛丸少年の腕をにぎった。
「ど、どうしたの」
「しっ、静かに! あの大花瓶をごらん」
押しころしたような春木少年のささやきに、牛丸平太郎もなにげなく、花瓶のほうへ眼をやったが、そのとたん、ゾッとするような恐ろしさが背筋をながれた。
ああ、見よ! 大花瓶につめてあったセメントが、ポッカリ中から押しのけられると、その下から、ニューッと一本の腕がでたではないか。
「あっ!」牛丸平太郎は危《あやう》く叫び立てるところを、急いで口に蓋《ふた》をした。
大花瓶のなかに誰かいるのだ。そしてそいつがいま、花瓶のなかからでてこようとしているのだ。
二少年の胸はドキドキ躍った。額からビッショリと汗が流れた。二人は夢中になって、天窓のわくにしがみつき、眼を皿のようにしてチャンウーの店をのぞいている。
大花瓶のなかからは、また一本の腕がでた。そして、二本の腕は、しばらく花瓶のふちを握ってモガモガしていたが、やがて、軽業師《かるわざし》のように、ヒョイと花瓶のふちへ這いのぼったのは、ああ、なんということだ!
それは世にも不思議な小男ではないか。
小男は全身に、縫いぐるみみたいな黒い服をぴったりつけていた。そして、頭には服にぬいつけた三角型のトンガリ頭巾《ずきん》をスッポリかぶり、顔には大きな仮面《かめん》をつけていた。だから、顔はサッパリ見えなかったが、その気味悪さといったら、筆にも言葉にもつくせないほどだった。
小男は猿《さる》のように花瓶のふちにしゃがんだまま、しばらくあたりをうかがっていたが、やがて、ひらりと音もなく床《ゆか》のうえにとびおりた。
春木、牛丸の二少年は天窓のうえから、手に汗握って、この様子を見つめているのである。
奇怪な男と猫女《ねこおんな》
ああ、奇怪なる男、猿のような男――
いつか机博士が、六天山塞《ろくてんさんさい》の頭目《とうもく》、四馬剣尺《しばけんじゃく》の姿を、レントゲンで透視《とうし》したことがあったが、それは脚にながい竹馬をゆわえつけた小男であった。ところがそののち机博士が、頭目の脚にさわってみたところ、それは竹馬などではなくて、まぎれもなく人間の脚であった。
机博士は、矛盾《むじゅん》するふたつの発見にびっくりしたが、今宵《こよい》チャンウー
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