黄金メダルの裏面《りめん》にかいてある、スペイン文字の翻訳《ほんやく》をはじめた。だいぶまえからやっていると見えて、はじめのほうは、スラスラいく。それはだいたいつぎのとおりであった。
[#ここから2字下げ、文章は横組み、罫囲み]
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
[#ここで字下げ終わり]
何しろ、メダルが半分しかないから、ここまで翻訳してみても、さっぱり意味がわからない。これからしても、どうしてもメダルの他の半分、扇型《おうぎがた》の半ペラがなければならぬわけである。
チャンウーは残念そうに、黄金メダルの半ペラを見つめていたが、また思いなおしたように、鉛筆をとりなおして、翻訳をつづけていったが、そのとき、店のほうで人の足音がした。
チャンウーはそれをきくと、あわててメダルをビロードの箱に入れ、壁のかくし金庫におさめると、翻訳しかけていた紙を、クチャクチャにかみくだいて、それから何食わぬ顔をして、店のほうへでていった。
店へきた客は、立花カツミ先生であった。
立花先生はチャンウーの顔をみると、ギョッとしたように眼をみはったが、すぐ気がついてにっこり笑って、
「ああ、びっくりした、あなたがあまり亡くなったチャンフーさんに似ているので、あたし幽霊かと思いましたわ。そうそう、あなたとチャンフーさんは双生児ですってね」
「そう、わたしとチャンフー、双生児の兄弟、あなた、チャンフー、知っていますか」
「ええ、以前いちど、この店へきたことがありますので、……チャンフーさん、お気の毒なことをしましたわね」
「そう、弟、可哀そう、なんとかして私、犯人さがしたい」
「いまにきっとわかりますわ。警察でもほっておきはしませんもの。あたしだって、いちどお眼にかかった御縁《ごえん》がありますから、心当りがあったらお知らせします」
「ありがと。ときに、今日は何か御入用ですか」
「いえ、実は、今日は買物にきたんじゃないのです。反対にこの店で買っていただきたいものがございまして……」
「はあ、結構です。品と値段によっては、なんでもいただきます」
「そう、じゃ、ちょっと待って……」立花先生はいったん店をでていったが、すぐ、ひきかえしてきたところを見ると、二人の男をつれており、その男たちは高さ四尺、直径一尺五寸もあるような、大花瓶をかかえていた。
男たちがその大花瓶を、店のほどよいところへおろしてでていくと、立花先生はチャンウーのほうをふりかえり、
「買っていただきたいというのは、これですの。これは父があなたのお国を旅行した際、北京《ペキン》で買ってきたもので、あたしとしては手離しにくいものですが、急に金のいることができましたので……」立花先生は、さすがに恥しそうに顔をあからめ、もじもじしていた。
「なるほど、これは立派な花瓶、値段によっては買いましょう」
チャンウーは花瓶のおもてを、なでたり、さすったりしていたが、ふと、なかをのぞいてみて、妙な顔をして眉《まゆ》をしかめた。
「おや、この花瓶、なかがつまってますね」
「そうなのです。父が買ってきたときからそうなっているんです。だから父はこの花瓶のことを、開《あ》かずの花瓶だなどと笑ってました。が、……きっと、なにかわけがあって、花瓶をつめてしまったのでしょうね」
チャンウーが不思議に思ったのも無理ではない。その花瓶は首のところまでセメントがつめてあって、叩くとコツコツかたい音がした。チャンウーは、しばらく考えていたが、
「いや、これは珍しい花瓶です。しかし、これくらい大きな花瓶になると、花を飾るよりも、花瓶自身が飾りものです。で、いくら御入用ですか」
「まあ、それじゃ買ってくださいますの。実は、……」
と立花先生が金額をきりだすと、チャンウーは笑って、
「それは高い。なかのつまった花瓶なんて、やっぱり疵物《きずもの》も同様ですから、その半分ぐらいでなくちゃ……」
「あら、半分はひどいですわ。もう少しフンパツしてくださいな」と、しばらく押問答《おしもんどう》をしていたが、いったい、どれくらいで折れあったのか、それから間もなく骨董商の店をでていく立花先生の顔色をみると、いかにも嬉《うれ》しそうな微笑がうかんでいた。
チャンウーはそのうしろ姿を見送って、それから、不思議そうに首をかしげ、しばらく見事な大花瓶を、なでたりさすったりしていたが、やがて表のドアをしめると、奥のひと間へひっこんだ。
もう日が暮れているのである。
怪人《かいじん》現《あらわ》れる
チャンウーの店の隣は、四階建のビルディングになっていて、一階は貿易促進《ぼうえきそくしん》展覧会の会場になっているが、二階からうえは貸事務所《かしじむしょ》になっている。
ところが、
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