少年は眼をまるくした。
「そやねんて。いままで、横浜にいたんやそうやが、兄弟のチャンフーが殺されて、あとをつぐもんがないさかい、わざわざ横浜からやってきて、店を相続したんやそうな。双生児とはいえ、そらよう似とる。近所でも、まるでチャンフーさんが、生きてかえったようやというてるぜ」
春木少年は、しばらく、だまって考えていたが、やがて考えぶかい調子で、
「ねえ、牛丸君」と、声をかけた。
「なあに、春木君」
「いつか戸倉老人はへんなことをいったねえ。チャンフーが死ぬなんて、そんなことはありえないことじゃと……」
「そうそう、いうた、いうた。あら、どういうわけやろ」
「さあ、ぼくにもそこのところがよくわからないんだが、ひょっとすると、あの言葉と、チャンフーの双生児、チャンウーとなにか関係があるのじゃないかしら」
「うん、うん、なるほど」
牛丸平太郎は牡牛《おうし》のような鈍重《どんじゅう》な表情でうなずいた。
「それで、どうだろう。チャンウーというのを、ぼくらの手でさぐってみたら。……戸倉老人は、なにか変ったことがあったら、なんらかの方法で通信するといっていたが、いまだに、何もいってこない。それでぼく、このあいだから、腕がムズムズして仕方がないんだ。だって、このままじゃ、蛇《へび》の生殺《なまごろ》しみたいで、気が落着かないじゃないか」
「そら、ぼくかて同じことや」
「そうだろう。だから、今度はこっちから積極的にでてみようと思うんだ。といって、さしあたり、どこから手をつけてよいかわからないから、まず、チャンウーの店からさぐってみたらと思うんだが、どんなもんだろ」
「うん、そいつは面白い。それにきめたッ」
牛丸平太郎が、躍《おど》りあがってよろこんでいる姿を見つけて少年探偵団の、小玉、横光、田畑の三君が、何事《なにごと》ならんとかけつけてきた。そこで、春木、牛丸の二少年が、いまの話を語ってきかせると、三人とも有頂天になってよろこんだ。
「よし、それじゃ、今日、学校がひけたら、みんなで、海岸通りへいってみようじゃないか」
と、相談一決したが、この少年たちがチャンウーの店を偵察して、いったいどのようなことを発見するだろうか。
大花瓶《だいかびん》
さて、こちらは少年たちの話題にのぼった、海岸通りの万国骨董堂《ばんこくこっとうどう》である。
今日も今日とて、チャンウーが、店さきに坐って、スッパスッパと水煙管《みずぎせる》を吸っていた。なるほど、孔子さまのように長いあごひげを生やして、トマトのように血色のよい顔をしたチャンウーは、殺されたチャンフーにそっくりだった。ただ、ちがっているのは、チャンフーは眼鏡をかけていなかったが、双生児のチャンウーは、黒い大きな眼鏡をかけている。あんまり似ているといわれるので、あるいは区別をつけるために、わざとそんな眼鏡をかけているのかも知れない。
チャンウーは眠そうな眼をして、さっきからぼんやり店に坐っていたが、どうやら客もないらしいと考えたのか、ノロノロ立って、おくの一間へ入っていった。そして、なかからピンとドアに鍵をかけると、これはいったいどうしたことか、いままで眠そうな眼をしていたチャンウーの顔色が、急にいきいきしてきた。眼鏡のおくでふたつの瞳が、にわかにキラキラかがやいた。
チャンウーは、油断なくあたりを見廻すと、壁にかかったスペインの帆船《はんせん》をかいた、油絵の額《がく》をはずした。それから、壁のどこかを押すと、そこにパックリ小さい孔《あな》があいた。金庫なのだ。かくし金庫なのだ。
チャンウーはもういちど、鋭い眼であたりを見廻すと、やがて金庫をさぐって、なかから小さいビロードばりの箱を取りだした。そして、金庫をとじ、額をもとどおりにかけおわると、大事そうにビロードの箱を持って、机のまえまでやってきて腰をおろした。
それから、眼鏡をかけなおし、ビロードの小箱のバネを押すと、ピンと蓋《ふた》がひらいて、なかから現れたのは、おお、なんと、黄金《おうごん》メダルの半ペラではないか。
チャンウーは、もういちど素速《すばや》い視線をあたりに投げると、ううんと深いいきを吸い、それからくいいるように、その半ペラに見入っていた。それはたしかに、海賊デルマののこした黄金メダルのうち半月形《はんげつけい》の部分である。
しかし、これはいったい、どうしたというのだろう。半月形のその半ペラは、戸倉老人から春木少年の手にうつり、のちにひげづら男の姉川五郎に掘り出されて、骨董商チャンフーに売られ、さらにそれを、机博士が買いとって自分の肩の肉のなかに、かくしておいたはずではないか。
そうすると黄金メダルというのは二つあるのだろうか。
それはさておき、チャンウーは鉛筆片手に、字引きと首っぴきで、
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