いじわるく、身をかくすに足る大木もない。そこで熊笹の中にうつ伏したまま、岩のように動かないことにつとめた。空から見下ろすと、背中がまる見えのはずであった。だから今にもだだだーンと、機関銃のはげしい掃射《そうしゃ》をくうことかと生きた心地もなかった。
いいあんばいに、ヘリコプターは、こっちへ飛んでくる途中で、とつぜん針路《しんろ》を北へ曲げたので助かった。よもやこんな西の方まで逃げてきているとは思わなかったのであろう。きわどいところであった。
ヘリコプターが追いかけてきたのは、その一回だけであった。タヌキ山を駆け下り、しばらく沢について歩き、それからいよいよ山姫山へのぼりだした。
こののぼりの二時間が、一番苦しかった。険《けわ》しい斜面《しゃめん》で、木の根につかまって、すこしずつのぼっていくのであった。枯れ葉に足をとられて、せっかくのぼった斜面を、ずるずるとすべり落ちて、大損《おおぞん》することもあった。またぐちゃりと気味のわるい、山びるをつかんで青くなったことはいくたびか分らない。腹は減り、のどはかわき、目は廻った。もうこのへんでへたばって声をあげようと思ったこともたびたびであった。しかし自分が弱音《よわね》をはいては、他の二人をがっかりさせると思い、歯をくいしばってがんばった。みんながそうしたものだから、山姫山の嶮《けん》もついに征服して、やがて地形は、わりあいにゆるやかな斜面となった。そして山姫山の頂上にある、測地用《そくちよう》の三角点のやぐらが、夕陽《ゆうひ》を背負って、にょっきりと立っているのが見えてきた。三人は、疲《つか》れを忘れて足を早めた。
山姫山の頂上に小屋があった。三角点のすぐわきのところである。これは陸地測量隊《りくちそくりょうたい》がかけていった小屋で、もちろん無人のときの方が多い。その空《あ》き小屋《ごや》に三人ははいって、その夜はここで一泊することにした。
夕食の時刻がきているが、その用意はなかった。ただ戸倉老人は、チョコレートの残りと、それから三枚のするめ[#「するめ」に傍点]を持っていた。それをかじって、飢《う》えをしのいだ。
日が暮れだした。もうでてもよかろうと、三人は小屋の外にでて、下界をながめた。はるかに芝原水源地が、ひょうたん形をして湖面《こめん》がにぶく光っている。明日の行程《こうてい》でたどりつく目的地の湖尻《こじり》の小屋が、豆つぶほどに見える。
(ここまでくれば、もう大丈夫だ)
と、三人が三人とも、そう思った。入日《いりひ》の残光《ざんこう》が急にうすれて、夕闇《ゆうやみ》が煙色《けむりいろ》のつばさをひろげて、あたりの山々を包んでいった。と、東の空に、まん丸い月が浮きあがった。満月《まんげつ》だ。三人は危険《きけん》の身の上をしばし忘れて、ほのぼのと明るい月に向きあっていた。
その夜、戸倉老人は、春木少年から黄金《おうごん》メダルに関するこれまでの話を聞き、少年が思いがけない苦労をしたことに深い同情のことばをかけた。そのあとで老人は二少年から問われるままに、海賊王デルマがこしらえた黄金メダルの二片について、彼の知っているだけの秘話《ひわ》を月明《つきあかり》の下で物語った。
「わしも、デルマの黄金メダルの秘密について、全部を知っているわけではない。もし全部を知っているものなら、こんなところにぐずぐずしていないで、さっそく宝を掘りあてることに夢中になっているはずじゃ。正直なところ、わしはデルマの黄金メダルの秘密については、おぼろげながらその輪廓《りんかく》を多少聞きかじっているにすぎない。かんじんの秘密は、どうしても例の黄金メダルの二片を集めた上でないと解《と》くことができないのじゃ。だからわしの話も、あんがいつまらんことなのじゃ」
と、老人は二少年の熱心な顔を見くらべた。
「この前、春木君に渡した絹《きぬ》ハンカチは火に焼けて、三分の一しか残らなかったそうじゃが、わしはその文句を宙《そら》でおぼえている。ちょっとこの紙に書いてみよう」
そういって老人は、ポケットから、チョコレートを包んであった紙をだし、そのしわをのばした。それから鉛筆の短いのを取出し、その先をなめるようにして次のような文章を書いた。
かっこ[#「かっこ」に傍点]で囲んだところは、春木君の手にのこった焼けのこりの部分に残っていた文字である。
[#ここから3字下げ]
――この黄金メダルは二つの破片
より成るものにして、スペインの海
賊王デルマが死の床において、彼の
部下のうち最も有力なるオクタンと
(ヘザ)ールとに各々一片ずつを与え
(たる)ものなりと伝う。この破片を
(二つ合)わせたるときはデルマの秘
(蔵する宝)庫の位置およびその宝庫
(の開き方を知)ることを得るよしな
(り。オクタン
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