と保護とを加えられて居り、道夫の自由行動は許されない状態にあった。
 道夫の両親、ことに、その母親はいつまでも道夫が戻されないので、非常な不安な気持になり、この頃ではよく寝こむ始末であった。
 それからもう一つ書いておかねばならぬことは、多摩川べりが連日にわたって厳重に捜索せられたことである。これは道夫ののべた話により、奇怪なる老浮浪者の行方を探しもとめることと、その川べりにあるはずの大きなおとし穴や、その老浮浪者の住んでいる場所をつきとめることにあった。
 だがこの方は成功しなかった。あれ以来老浮浪者の姿はこの界隈《かいわい》には全く見あたらなくなった。また、大きな落し穴も見つからなかった。怪老人の住んでいたと思われる地点は分ったが、しかしそこには茶碗のかけら一つ発見されず、ただ事がすこしすり切れて、赤い地はだがでている箇所や、竹か棒をたててあったらしい跡が見つかっただけであった。
 雪子学士の幽霊も、その後さっぱり現われないという報告であった。
 川北先生の容態も、あいかわらず意識不明のままで、今は帝都の中心にある官立の某病院の生ける屍《しかばね》同様のからだを横たえつづけている。
前へ 次へ
全134ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング