しかめないでは、盆の方へ手をだすつもりはなかった。すると紳士はにっこり笑って、
「穴の中で、君がうなっていたから、引っぱりあげて、家へつれてきたのさ。くわしいことはゆっくり話そう。まず食事をしたまえ」
 といって、自分はポケットから煙草《たばこ》をだしてライターでかちりと火をつけた。
 道夫は、もっとがんばろうかとも思ったが、なにしろお腹はぺこぺこで、そして目の前の卓上にはおいしそうな卵の目玉焼きが、道夫の大好きなハムの上にゆうゆうと湯気をあげているので、もうがまんができなくて、思い切っていただいてしまうことにした。毒が入っていはしまいかとも心配になったがまあそんなことは多分ないであろうとおもって、フォークとナイフとを手にとった。
 実においしい。しばらく道夫は半《なか》ば夢中でたべていたがそのうちふと気がついて、ひそかに自分の左に座って煙草をふかしているかの紳士の方へ注意を向けた。
 その紳士は、ねむったようにしずかに椅子に身体をうずめていた。が、もちろん彼はねむっているのではなかった。煙草の煙は、さかんにたちのぼっていたし、それにかの紳士は膝《ひざ》の上に本をひろげて読みふけってい
前へ 次へ
全134ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング