たが、すぐ平静な態度になって、二人の横をすり抜けて通ろうとした。
「待ちたまえ。ちょっと聞きたいことがある」
と川北先生がいった。
すると老浮浪者はかぶりをふって、そのまま強引に通り過ぎようとした。
「待ちたまえというのに……」
と、先生はとうとう老浮浪者の長い外套《がいとう》の腕をつかんで引きもどした。すると老浮浪者は足を停《と》めてのっそりと立停った。
「何をしていたのかね、君は。さっき木見さんの庭へ入りこんで怪しい振るまいをしていたが……」
老浮浪者は、それを聞いても知らんふりをしていた。
「聞こえないのか、君は……」
と、先生はもう一度、同じことを繰返した。すると老浮浪者は、ごそごそする髯面《ひげづら》を左右にふった。道夫はそれを見ると、さっきからこらえていた憤慨《ふんがい》を一時に爆発させて、
「僕はちゃんと見ましたよ。あんたが窓の下から逃げだしたところをね。木見さんのお嬢さんをかどわかしたのはあんたでしょう」
それでも老浮浪者は、頭を左右にふるばかりであった。その質問を否定するのか、自分は耳が聞えず、二人のいうことが聞き取れないというのか、どっちだか分らなかった
前へ
次へ
全134ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング