は、雪子の母親だった。その母親のいうことに、たしかに雪子と思われる後姿《うしろすがた》の人影が、こっちの離家《はなれや》へ向って廊下を歩いていくのを見かけたので、すぐ声をかけながら後を追ってきたのだという。
 この話は一同をおどろかせた。そこで声をかけながら皆は其処此処《そこここ》を懸命に探したが、雪子の姿はどこにもなかった。どこからかでていったのではないですかと川北先生が聞いたが、武平夫妻の話では、この離家は出口がないのででていける筈はないし、窓も皆しまっているという。まことに変な話だ。
「お前、気の迷いじゃないか」
 武平はきいた。すると母親は首を強く左右へふって、
「いえ、たしかに見ましたですよ。廊下をこっちへ歩いていくのを……」
「変だね。でもたしかに入ってこないよ」
「じゃあ、あれは幽霊だったでしょうか」
「幽霊? そんなものが今時あるものか」
「いや、幽霊ですよ。幽霊にちがいないと思うわけは、後姿は雪子に違いないんですが、背がね、いやに低いんですよ」
 そういって武平夫妻がいいあらそっているとき、川北先生が突然大きな声をあげた。
「これは変だ。いつの間にか『研究ノート』の第
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