帽子《なかおれぼうし》をかぶって、そのつばを下げ、額から耳のあたりから頸《くび》のうしろまですっぽりかぶっていた。服は、長いだぶだぶのレーンコートを着ていたが、質はよいと見え、破れている箇所は一つもなかった。そしてコートの奥にはカーキ色の服ともシャツともつかぬものを着ているらしく、はでな赤いネクタイをむすんでいた。靴も、大きなゴム長をはいていて、雨であろうと天気であろうとぬがなかった。彼はポケットから、大きな懐中時計をだしてみることもあり、また時には店へ入りこんで、大きな皮手袋をはめた手の上に十円|紙幣《さつ》などを乗せて塩を買ったり酢を買ったりする。そういうところは、けっして浮浪者ではないように見えた。
「そういえば、あの年寄りの浮浪者は、いつだか、木見さんのお邸《やしき》のまわりをうろついていたわね」
塀のかげで、三人のお手伝いがこの話をしている。
「そうよ。裏手へまわって、あの空地《あきち》のあたりから、雪子さんの研究室の方を、のびあがって見ていたわ」
「怪しい浮浪者だわね。そうそうあの人はよくあの裏手の空地にある大きな銀杏《いちょう》の樹の上にのぼって昼寝していることがあった
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