わよ。あたし、それを見て、きゃっといって飛んで帰ったことがあるわ」
「いよいよ怪しいわね。あの浮浪者、どこへいってしまったんでしょうか。雪子さんの事件以来、二度と姿を見かけないわね」
「どこへいってしまったんでしょう。まさか雪子さんをつれて逃げたんじゃないでしょうね」
「まさか、あんな年寄りに」
「でも、分らないわよ。変に気味のわるい人なんですものね」
「ひょっとしたら、あの浮浪者、そのへんにかくれているんじゃない」
「いやあ、そ、そんなことをいっておどかしては……」
こんなふうな会話が、附近一帯でさかんにとりかわされた。誰の考えも、あの気味のわるい高等浮浪者(と町の或る人はうまい名をつけた)が少くとも雪子がきえた頃以来、姿を見せないことに不審の根拠を置いていた。
道夫少年も、この噂《うわさ》は耳にしていた。ひょっとしたら、自分に疑いがかかることを恐れるか何かしてそしてその浮浪者が、昼間だけは姿をかくしているのではないか、そして夜中には近所をうろついているのではないかと思った。それで或る夜、道夫は時計が十二時をうつと、そっと雨戸をあけて外へでた。家のまわりを見まわるためだった。
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