道夫は大きく目を見はった。道夫の勉強のめんどうをよく見てくれる雪子姉さん、弟のように道夫をかわいがってくれる雪子姉さん、背の高い色の白い上品なすがたの雪子姉さん。――婦人ながら医学士と理学士であり、自分の家にかなりりっぱな研究室をもっている木見雪子嬢、年齢《とし》は二十五歳だがそれより二つぐらいふけてみえる木見学士、高い鼻の上に八角形の縁《ふち》なし眼鏡《めがね》をかけている美しい若い研究者――その木見雪子が突然行方不明になったというのである。道夫の驚きは大きかった。彼が心の中でひそかに予想したうちでの最も大きい不幸な事件であったではないか。
「雪子姉さんは、いつから行方不明になったの。いつお家をでていったの」
 道夫は、母親を茶の間へ追っていきながらたずねた。
「さあ、それがね道夫さん、どうも変てこなのよ」
「変てこって」
「つまり、雪子さんはお家からでていったように思われないんですって、お家には、雪子さんの靴を始め履物《はきもの》全部がちゃんとしているの。だのに、家中どこを探しても雪子さんの姿が見えないの。変てこでしょう」
 母親は道夫のために小箪笥《こだんす》からおやつの果物《くだもの》をとりだして、紫檀《したん》の四角いテーブルのうえへならべながらいった。
「じゃあ、雪子姉さんは、はだしで家をでたんでしょう」
「ところが、そうとも思われないのよ。なぜってね、雪子さんは昨夜おそくまで自分の研究室で仕事をしていらしたの。そして研究室には内側からちゃんと鍵《かぎ》がかかっていたんですって、今朝木見さんのお父さんが雪子さんの部屋をおしらべになったときにはね。だから雪子さんは、研究室の中に必ずいなさらなければならないはずなのに、実際は、扉をうち破って調べてみても、雪子さんの姿がないのですってよ」
「へえ、それはふしぎだなあ」
 内側から鍵をかけた密室の中から、雪子姉さんの姿が完全に消えてしまうなんて、そんなことがあっていいであろうか。
「ああ分った。窓からでていったんでしょう」
「いいえ、窓も皆、内側から錠《じょう》が下りていたのよ」
「じゃあ、研究室の外から鍵をかけて、でていったんじゃないかしら」
「ところがね、研究室の扉の鍵は、内側からさしこんだまんまになっているんだから、外から別の鍵をつかうわけにはいかないんですって」
「ふうん。それじゃ雪子さんは、煙になっ
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