る奮闘の疲れが急にでてきて、大事なものを抜き去られた大金庫のまわりへ、みんなへたばってしまった。
「幽霊が相手じゃ、全くやりきれないよ」
「仕方がない。われわれのやり方を、このへんでかえるんだな、今の調子じゃ、この事件はいつまでたっても解決しない」
「やり方を変えるというと、どうするんだ」
「幽霊の存在を認めて、それが何故に存在するかという研究から出発するんだ」
「そんなむずかしいことができるもんか」
「そうでもないよ。蜂矢探偵を講師によんで、彼から教わるんだ。彼はなかなか幽霊学にはくわしいらしい」
「われわれとしては、蜂矢に教えをこうなんてことはできないよ」
「でもそれではいつまでたっても解決の日がこない。どうしたら幽霊を逮捕することができるだろうか、誰か大学へいって相談してきたらどうだろうかね」
 課員たちのこんな会話を、田山課長はただにがにがしく聞いていた。

   幽霊活躍

 雪子学士の幽霊は、大金庫事件以来、ひどくきげんを悪くしたらしい。
 そのわけは、あれ以来、雪子学士の幽霊が町へしばしば現われて都民をおどろかせるのであった。
 女幽霊の現われたところには、かならず器物の破壊がおこり、何か物がぬすまれ、そしてあつまってきた弥次馬《やじうま》がけがをするのであった。
 銀座の薬局がおそわれたことがあった。それは白昼のことであった。
 女幽霊は、きわめてぼんやりした姿を薬局の中に現わした。始め店の者はそれに気がつかず、お客の方で気がついた。もっともそのお客さんは、硝子張《ガラスばり》の調剤室の中で動いている女幽霊を幽霊とは思わないで、それはこの薬局の婦人薬剤師だと思ったので、外から声をかけたのであった。
 だが、女幽霊のこととて、返事もしないでいたので、気の短いお客さんは憤慨して、奥からでてきた店主に向い、かの女薬剤師の無礼なことをなじったのであった。
 そこで店主は、一体お客さんを怒らせているのは誰だろうと思い、いわれるままに調剤室の中をのぞきこんでみるとそこには店主の見もしらない婦人が薬品棚の前をあちこち見てまわっているので驚いた。
「もしもしあなたは一体どなたですか。私にことわりなしに調剤室へお入りになっては困りますね。そこには劇薬もあり、毒薬もあることですからねえ」
 そういって店主は相手に近づいていった。ところが彼の足は、調剤室の中へ二三歩踏みこ
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