った円タクを帰すために一度出て行って間もなく引返してくると、お手伝いさんから面会を断られてしまったので、たいへん面喰らったこと、そのとき北海道の大学へ打合わせにゆく途中だったので、また帰り路に寄ればいいと思ってそう云い残してさようならをしたことなどを語った。それを聞いていた妾は、あの夜の心境を想い出して、穴あらば入りたいと思ったことであった。
「でも、どうして名前を云って下さらなかったの。赤沢と仰有《おっしゃ》れば、妾必ず出ていったと思うわ」
「イヤそれはネ。貴女に会って驚かせたかったのさ」
 というわけで、二人は直ぐ幼馴染の昔にかえって、打ち融けた。妾は近頃うち続く不安が、貞雄の不意の来訪によって大半拭い去られたように感じたのだった。
 聞けば貞雄も、妾と同じように二十三歳だということだった。彼はどうやら秀才中の秀才らしく本年学校を出ると、在学中からの研究事項だったものを一層研究するつもりで、断然南八丈島研究所へ赴任したのだった。何の研究であるのかを訊ねたところ、
「ちょっと説明しても分らんなア。まア遺伝学みたいなものだが、今までのようなものではない。……イヤもうよしましょう。それよ
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