だお》」
 とあって、隅の方に「東京府八丈島庁管下」と記してあった。するとこの紳士は赤沢貞雄と名乗る人である。赤沢という姓? ああ赤沢といえば……。
「赤沢というと徳島の安宅の……」
「そうです。よく覚えていましたネ。僕は赤沢常造の息子なんですが、父だの僕だのを覚えていらっしゃいますか」
 妾は突然故郷のことを云いだされて、ボーッとなってしまった。しかし赤沢の伯父のことは、何で忘れよう。いつもその伯父は、わが家へ繁く来たではないか。貞雄――という名にも、なるほどそういわれると覚えがあった。伯父のうちに、自分と同じ年の少年がいて遊んだことを思い出した。あれがこの紳士なのであろうか。当時貞雄さんはまだ五六歳の幼童で膝までしかない鶯色《うぐいすいろ》のセルの着物を着た脆弱そうな少年だった。彼はいつも寒そうに、両手を腋《わき》の下から着物の中にさし入れて、やや羞含《はにか》んで歩いていたのを思い出した。
「まア貞雄さんでしたの。大きくなられて――妾すっかりお見外《みそ》れをいたしましたわ」
 貞雄は笑いながら、この前は、妾の家を探すのにたいへん手間どってやっとこの家を探しあてたので、待たせてあ
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