かに激しい動悸《どうき》に襲われたのであった。


     8


 そのような悩みに、独り苦悶《くもん》しているその最中に、妾はまた一つの大きな愕きを迎えなければならなかった。
「ああ、奥様。お客さまでございますが……」
 とキヨが顔色を変えて妾の居間に駆けつけた。
「まアどうしたのよオ。お客さまって、誰れ?」
「それが奥さま、いつか夜分にいらっして、名前も云わずにお帰りになった若い紳士の方でございますよ。忘れもしません、あれは真さまがお亡くなりになった晩でございましたわ」
「えッ、あの晩の人が!」
 妾はハッと駭《おどろ》いた。妾によく似ているという紳士のことなのだ。あんなことを云い置いていったが、二度と来るものかと思っていた。妾は未だにその紳士が、真一を殺害したのではないかとさえ思っている位だ。その怪しい紳士が、チャンと予告どおりに訪ねてきたというのだ。悪人であろうか。善人であろうか。ちかごろ驚きやすくなった妾は、もうワクワクとして何の考えも纏らなかった。
「お会いするわ。また帰ってしまわれると気味が悪いから、早く客間の方へ上げてよ」
 妾に似ているというところを、僅かに安心の
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