ない若衆がいて、前日までの長雨に大湿りの来た筵《むしろ》を何十枚となく乾し並べていたので、妾はそれに声をかけた。そしてこれが紛《まぎ》れもなく銀平の率いる曲馬団に相違ないことを知ったが、丁度幸いにもいま座長の銀平老人は、古幟《ふるのぼり》で綴《つづ》った継《つ》ぎはぎだらけの垂れ幕の向うに茶を飲んでいるということであったから、妾は思いきってズカズカと中に這入《はい》っていった。なるほどそこには浮世の苦労を嘗《な》めつくしたというような顔をした小柄の半白の老人が、ただ独りで渋茶を啜《すす》っていた。
「ナニ、昔咄《むかしばなし》を聞きたいというのですかい」
と銀平老人は一向|駭《おどろ》きもせずに、
「汚穢《きたなら》しいが、まアとにかくこっちへお上りなすって……」
といって筵の上へ招じた。
妾の不意の訪問も、この佗《わび》しい休演中の座長の老人を反《かえ》って悦ばせたらしい。思いがけなく熱い茶を御馳走になって、この老人の行い澄ました心境を覗いたような気がして物を言いだすのに気持がたいへん楽であった。
「もとこの一座にいたという海盤車娘《ひとでむすめ》を御存知?」
「ああ、海盤車娘
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