妾はしぶしぶ云いつけられたとおり庭に下り、梅雨《つゆ》ちかい空の下に咲き乱れる立葵の一と枝をとっては、大急ぎでまた元の座敷牢へとび上っていった。
「いいカンカンでしょ、ばア……」
 妾は立葵を格子の中になげこむと、同じ言葉をくりかえしていうのであった。それを云わないと、母は妾を叱り必ず同じことを云わせられたものだった。幼童のはらからは再び妾のカンカンを見て、いかにも面白そうにゲラゲラと笑うのであった。そういうときに妾は奇妙な思いをしたことがあった。それは大口を明いて笑う幼童の歯並が、或るときは味噌ッ歯だらけで前が欠けていたと思うのに、或るときは大きい前歯が二本生え並んでいたことがあった。これは幼い妾にとっては奇妙なことというより外に仕様のないことだった。
 妾はそのほかにも、舌切雀の遊戯を踊ったりして寝ているはらからを悦ばせることをやったけれど、必ずその途中で母の命令が出て、妾は庭へ下りると立葵の花を折ってきたり、蜻蛉草《かたばみ》を摘んできたり、或いはまた大笹の新芽から出てきた幅の広い葉で笹舟を作ってもってきたりするのであった。しかしながら子供ごころにも気のついたことは、庭へ下りて
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