かのことで無理を云って附添いの母を困らしていたかの幼童は、涙のいっぱい溜った眼で妾のカンカンを見ると、突然ピタリと機嫌を直してしまったのだった。
妾はその後もたびたび母に特別賞与の意味でお菓子を貰った上、その座敷牢へ連れてゆかれたように思うが、いつもそのカンカンに紅い三つのリボンを結んでゆくのがお決りだった。それにつけて、また不思議なことをもう一つ思い出すが、妾はそのとき得意になって暗い座敷牢の格子に駈けより、
「いいカンカンでしょ、ばア……」
と顔と髪とをさし入れたのであったが、寝ているはらからはそのたびに味噌っ歯だらけの口を開けてキャッキャッと嬉しそうに笑うのであった。それはいいとして暫くするとそこで母はきっと妾によびかけて、ちょっと庭の方へ行って、立葵の花を一枝折ってきてくれと云いつけるのであった。それはいかにも唐突《とうとつ》な云いつけであった。そんなときはらからの顔はいかにも不満そうにキュウと唇を曲げて母の方を睨《にら》むようにするのであるが、母はそれを優しく慰め、それから妾の方を向いて声をはげまし、早く庭へ下りて用事を果すように厳然《げんぜん》と云いつけたのであった。
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