静枝が蛇使いのお八重であるか、どうかと思って、それとなく、お八重の容貌などについて尋ねてみたが、聞いていた銀平は大きく肯き、
「そういえば、お前さんをどこかで見たような仁《じん》だと思っていたが、なるほどお前さんはお八重に似ているところがあるネ。お前さんはその姉さんか身内ででもあるのかい」
と云ってシゲシゲと妾の顔を見た。妾は真逆《まさか》そんなことがネと、軽く打消した。だが、静枝はお八重に違いない気がする。恐らく彼女は一座と縁を切るために、殊更《ことさら》自殺したらしく見せかけたものであろう。そこには智恵袋の速水女史が采配を振っただろうことが想像されるのであった。でも彼女の前身が分っていないのでは、どうにも仕方がなかった。疑うなれば、なにか別の手段によって、ハッキリした証拠を探すより外はなかった。ただ静枝が真一に恋をしていたということは初耳だった。一方真一は静枝を愛していたのだろうか。そう思うと、妾の全身はカッと熱くなってきた。
思い起してみると、真一が静枝の前身を告げたときも、どっちかというと静枝を軽蔑しているようであったから、これは真一が慕われる方であったとしても、慕う方ではなかったと思われる。妾は僅かに気を持ち直した。
どうも分らないのは妾と両人の血の関係だった。静枝はあの三つの赤いカンカンを結《ゆ》って座敷牢にいた妹らしいと思うのに、一方真一の身の上が妾の幼時と非常に似かよったところがあり、ことに家出をした妾たちの母が曲馬団の舞台にいる真一に声をかけたらしいことから考えると、真一も亦《また》、真実に妾の同胞《はらから》らしい気がした。一体どっちが本当の同胞なんだろう。
「イヤ真一と静枝との二人とも、妾の同胞なのではあるまいか」
と、不図《ふと》そんな疑惑が浮んできた。ああ、そんなことがあっていいであろうか。もし妾たちが同胞だったとしたら、これはなんという浅ましいことだろう。妾はまだいいとして、静枝と真一とはどうであろう。二人の関係は到底妾の知ることを許さなかったが、もしや曲馬団からこっちに何かあるのではなかろうか。もしあったとしたら……妾はペッと唾を吐きたくなった。
ただ慰めは、真一の容貌が、妾や静枝とは大分違っていることであった。ハッキリ似ていると考えられるのは月の輪がたの眉毛と、腫《は》れぼったい眼瞼とだけで、外はそれほど似ていなかった。たとえ二卵性の双生児としても、それはあまりにも似合わしからぬところであった。すると真一は境遇の上では妾の同胞に相当していながら、身体の上の印からはどうしても他人|染《じ》みていた。この不可解な問題は父が書きのこした「呪ワレテアレ、三人ノ双生児!」の謎をときさえすればすべてが氷解することと思う。どうしても妾は、静枝の云うように、彼女と産褥《さんじょく》にある母とを加えて、父が三人の双生児と洒落《しゃれ》らしいことを云ったなどとは考えない。
話によると、体の一部が接《つな》がった双生児を、そこのところから切り離して、全く独り立ちの二人の人間にした手術の話もあることだから、これはひょっとすると、妾の身体の一部に、そんな恐ろしい切開の痕があるのではないかと、今までに考えてみたこともないような恐ろしい疑惑が浮び上って、それは嵐の前の旋風に乗った黒雲のように拡がってゆき、遂に妾は居ても立ってもいられない焦躁の念に包まれてしまった。誰がそんな恐ろしい疑惑をもって、自分の裸身の隅から隅まで検べてみた者があろうか。第一、自分ではどうしても十分に観察の出来ない身体の一部が有るではないかと思うと、妾の心臓は俄かに激しい動悸《どうき》に襲われたのであった。
8
そのような悩みに、独り苦悶《くもん》しているその最中に、妾はまた一つの大きな愕きを迎えなければならなかった。
「ああ、奥様。お客さまでございますが……」
とキヨが顔色を変えて妾の居間に駆けつけた。
「まアどうしたのよオ。お客さまって、誰れ?」
「それが奥さま、いつか夜分にいらっして、名前も云わずにお帰りになった若い紳士の方でございますよ。忘れもしません、あれは真さまがお亡くなりになった晩でございましたわ」
「えッ、あの晩の人が!」
妾はハッと駭《おどろ》いた。妾によく似ているという紳士のことなのだ。あんなことを云い置いていったが、二度と来るものかと思っていた。妾は未だにその紳士が、真一を殺害したのではないかとさえ思っている位だ。その怪しい紳士が、チャンと予告どおりに訪ねてきたというのだ。悪人であろうか。善人であろうか。ちかごろ驚きやすくなった妾は、もうワクワクとして何の考えも纏らなかった。
「お会いするわ。また帰ってしまわれると気味が悪いから、早く客間の方へ上げてよ」
妾に似ているというところを、僅かに安心の
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