三人の双生児
海野十三
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)妾《わたし》なのである。
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)毎日毎日|温和《おとな》しく
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)それが※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》げることなどを
−−
1
あの一見奇妙に見える新聞広告を出したのは、なにを隠そう、この妾《わたし》なのである。
「尋《タズ》ネ人……サワ蟹《ガニ》ノ棲《ス》メル川沿イニ庭アリテ紫ノ立葵《タチアオイ》咲ク。其《ソ》ノ寮《リョウ》ノ太キ格子《コウシ》ヲ距《ヘダ》テテ訪ネ来ル手ハ、黄八丈《キハチジョウ》ノ着物ニ鹿《カ》ノ子《コ》絞《シボ》リノ広帯ヲ締メ、オ河童《カッパ》ニ三ツノ紅《アカ》キ『リボン』ヲ附ク、今ヨリ約十八年ノ昔ナリ。名乗リ出デヨ吾ガ双生児ノ同胞《ハラカラ》。(姓名在社××××)」
これをお読みになればお分りのとおり、妾はいま血肉をわけたはらから[#「はらから」に傍点]を探しているのである。今より十八年の昔というから、それは妾の五六歳ごろのことである。といえば妾の本当の年齢が知れてしまって恥かしいことではあるが、まあ算術などしないで置いていただきたい。
妾の尋ねるはらからについては、それ以前の記憶もなく、またその以後の記憶もない。まるで盲人が、永い人生を通じて只一回、それもほんの一瞬間だけ目があき、そのとき観たという光景がまざまざと脳裏《のうり》に灼《や》きついたとでも譬《たと》えたいのがこの場合、妾のはらからに対する記憶である。思うに、それより前は、はらからと一緒にいたこともあるのであろうが、当時妾は幼くて記憶を残すほどの力が発達していなかったのだろうし、それ以後は、妾とはらからとが何かの理由で別々のところに引き離されちまって記憶が絶えてしまったのであろう。とにかく川沿いの寮の光景は恰《あたか》も一枚の彩色写真を見るようにハッキリと妾の記憶に存している。
なぜ妾がはらからを探すのかという詳しいことについては、おいおいとお話しなければならぬ機会が来ようと思うから、今はまあ云うことを控えて置こうと思う。
――とにかく当時は五歳か六歳だった。黄八丈の着物に鹿の子の帯を締め、そしてお河童頭には紅いリボンを三つも結んでいるというのがそのころの妾自身の身形《みなり》だった。妾の尋ねるはらからというのは、その頃寮の中に設《しつら》えられた座敷牢のような太い格子の内側で、毎日毎日|温和《おとな》しく寝ていた幼童《ようどう》――といっても生きていれば今では妾と同じように成人している筈だ――のことだった。
「なぜ、あの幼童は、暗い座敷牢へ入れられていたのだろう?」
今もそれをまことに訝《いぶか》しく思っている。どうしたわけで、あの年端《としは》もゆかぬはらからをいつも暗い座敷牢のなかに入れ置いたのであろう。成人した人間であれば、気が変になって乱暴するとかのような場合には、座敷牢に入れて置くのは仕方ないことだったけれど、あの場合はともかくも五つか六つかの幼童ではないか、乱暴をするといってもせいぜい障子《しょうじ》の桟《さん》を壊すぐらいのことしか出来る筈がない。それくらいのことのためにわざわざ頑丈な座敷牢を用意してあったことは、全く解きがたい謎である。
イヤよく考えてみると、あの幼童は別に気が変になっていたようにも思われない。そのころ妾は四度か五度か、或いはもっとたびたびだったかも知れないが、その幼童の座敷牢へ遊びにいった憶えがあるのであるが、決して乱暴を働いているところを見たことがない。乱暴をするどころかその幼童はいつも大人しく寝床の中にじっと寝ていたのであった。ついぞ妾は一度も起きあがっているところを見たことがない。恐らく幼童は病身ででもあったのだろうと思う。一体病身の幼童を座敷牢へ監禁して置くような惨酷《ざんこく》きわまる親があるだろうかしら。考えれば考えるほど不思議なことではないか。
親といったので、また一つ思いだしたけれど、妾がそのはらからの幼童のところへ遊びにいったときは、いつも必ず座敷牢の中に、妾の母がつきそっていた。母はやさしく、寝ている子供のために機嫌をとっていたようである。広告文にもちょっと書いておいたことだけれど、妾はそのころ髪をお河童にして、そこに紅いリボンを二つならず三つまでもカンカンに結びつけて悦《よろこ》んでいた。なぜそれをハッキリ憶えているかというと、座敷牢のなかの妾のはらからは、そのカンカンに結びつけた紅いリボンがたいへん気に入ったとみえて、或る日妾がツカツカと寮に入っていったとき丁度なに
次へ
全24ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング