家の玄関に姿を現した。
「貞雄さんが来たって?」
 キヨからその知らせを聞いて、すぐ飛びだしかけたものの、もう七ヶ月目の腹を抱えた妾のことである。姙娠のことは手紙で知らせはしてあったものの、この醜態を自ら見せにゆくほどの勇気がなかった。
「ほう、随分見事な腹になったネ」
 と貞雄は真面目な顔をして入ってきた。彼がそんなに取すましていなかったら、妾はいきなり怒鳴りつけたかもしれない。
「貞雄さん、一体これはどうして下さるの」
 と、妾は思う仔細があって、つっかかって行った。
「いや、どうにでもするよ」
 と貞雄はさりげなく答えながら、
「今度は君のためにいろいろと大きな土産を持って来たよ。どこか静かなところへ行って、ゆっくり話したいネ」
 といって、例の静かな瞳をジッと妾の顔に据えた。妾にはそれ以上つっかかってゆく勇気を持ち合わさなかった。
 彼はその日一日をわが家でブラブラしていたが、妾が何を云っても碌《ろく》な返事をしなかった。その代り速水女史に呼ばれると、イソイソと彼女の後についていって、長い間部屋から出て来なかったりした。彼等はわざと注意をしているらしく二人の声は全く洩れてこなかった。
 その翌日になると、貞雄は妾を伴って外へ出た。そして連れこんだのは、市内の某病院だった。彼はそこで顔の利く方と見えてズンズン通っていった。そして妾を「レントゲン室」と表札の懸っている部屋へ入れて、三十分間あまり、ジイジイとレントゲン線を発生させて、妾の腹部を覗いたり、写真を撮ったりした。その間、彼はまるで人が違ったように無口だった。
 それが済むと、彼は始めて微笑を浮べながら、妾を労《ねぎ》らった。それから再び外へ出て不忍池《しのばずのいけ》を真下に見下ろす、さる静かな料亭の座敷へ連れこんだのだった。いよいよ貞雄は妾に重大なことを云おうとするに違いなかった。妾は並べられたお料理なども全く目に入らないほどの緊張を覚えたのだった。
「珠枝さん――」
 と貞雄は静かに呼びかけた。
「貴女は僕に聞きたい色々のことがらを持っているだろうネ。イヤ、暫く黙っていてくれたまえ。僕が適当な順序を考えて一応話をするからどうか気を鎮めてよく聞いてくれ給え。――まず真一君を殺した犯人のことだが、それは今日、本人の自白によってハッキリ分ったよ」
「まア、誰なのでしょう」
 と妾は思わず乗りだした。
「そ
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