であるのか、妾には全く見当がつかないことである。妾は全く身に覚えがないのに、このように姙娠してしまったのである。乳首は黝《くろ》ずみ、下腹部は歴然と膨らみ、この節《せつ》ではもう胎動をさえ感ずるようになった。婦人科医の診断もうけたが紛れもなく姙娠しているのだった。――相手もないのに身ごもるなどという不思議なことが、今の世にあってよいものであろうか。
妾は早く貞雄に会って、このことについて教えをうけたいと思う。彼のような卓越した学者ならねばこの神秘の謎は解けないであろう。日を繰ってみると、妾は彼が身体の健全を保証していってくれたその直後に受胎したことになるのである。といって彼は決してその胎児の父ではないと思う。なぜなら貞雄は非常に潔癖で妾の家に一泊することすら断ったほどであり、もちろん妾は一度たりとも彼を相手にするようなことはなかった。いや貞雄ばかりのことでない。その外の男という男についても同じことが云える。妾は絶対に誓う。妾は男を相手にして、懐姙の原因をつくるような行いをしたことは一度もないのだ。しかし姙娠していることは、どこまでも厳然たる事実なのであった!
妾も驚いているけれど、ひょっとするともっと驚いている人がありはしないかと思う。中でも女探偵の速水女史と、妾の妹の静枝とがはからずもそれを発見したときの驚きといったらなかった。
「まア驚いてしまいますわねえ。奥さまはどうして姙娠なすったんですの。相手は何処の誰でございますの?」
女史は横目で妾のお臍《へそ》のあたりを睨みながら、あたり憚らず驚きの声を放った。
「まアお姉さま、驚かせるわネ。でもあたくしは存知《ぞんじ》ていますわ。あたくし達が伊豆へ行っている間にお作り遊ばしたんでしょう」
静枝も驚きの目を瞠《みは》ったが、これは嬉しそうな驚きに見えた。しかし速水女史の方はそれ以来ニコリとも笑わなくなってしまった。こうなっては、妾の立場というものがいよいよなくなってしまったのだった。
それだけではなかった。それからというものは女史と静枝とは、暇さえあれば額を合わせて何事かブツブツと口論しあった。それを耳にするにつけ、妾はたまらなく不愉快になっていった。
ところで妾の待ちに待ったる貞雄が、約束した五ヶ月目にはとうとう姿を見せず、遂に七ヶ月目となってまだ肌寒く雪さえ戸外にチラチラしている三月になってやっと妾の
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