のでも喰べようと思って、蒲団から身体を起しかけた。ところがそれを見た貞雄は、駭《おどろ》いてそれを留めた。
「あッ動いちゃいけない。――」
「アラどうして!」
「もう一時間ばかり、そのまま絶対安静にしているんだよ。いろいろな注射などをしたものだから、その反応が恐い。生命が惜しけりゃ、僕の云うことを聞いて、もう一時間ほど静かに横臥《おうが》しているのだ」
そういって貞雄は、妾の肩にソッと毛布を掛けてくれた。――妾は羊のように温和《おとな》しくなった。
貞雄が当地を出発したのは、その翌日のことだった。いずれ冬の休暇ごろには、用があるのでまた当地へ来るから、そのとき是非立寄ると云った。そして例の「三人の双生児」に関する問題も故郷の方をもっと探してみて、面白い発見があれば必ず知らせるということだった。
妾は彼の再訪を幾度も懇願した上、名残惜しくも貞雄を東京湾の埠頭まで送ったのであった。
10[#「10」は縦中横]
五ヶ月という日数は、妾にとってあまり永すぎた。――しかしとうとう、その五ヶ月目がやって来たのだった。
五ヶ月!
その間、妾は貞雄をどんなに待ち佗《わ》びたことだろう。堪えかねた妾は幾度も、南八丈島の彼の許へ手紙を出したけれど、それは梨《なし》の礫《つぶて》同様で、返答は一つもなかった。
その五ヶ月の間を、妾はどんなに驚き、焦《あ》せり悶《もだ》えたかしれない。前には三人の双生児のことで思い悩んだ妾だったけれど、この度はそれどころではなかった。三人の双生児などは、もうどうでもよかった。ましてや真一の死などは何のことでもなかった。彼を殺した犯人が女探偵の速水女史であっても、また静枝が妾の本当の妹でなくても、それはどうでもよいことだった。事実妾は平気で、かの二人の女を同居させていた。二人は全く家族のように振舞っていたのである。ときには、誰がこの家の主人だか分らぬようなことさえあった。その五ヶ月を、妾は一体何事について驚き焦り悶えていたのだろうか。
姙娠!
妾は目下《もっか》姙娠五ヶ月なのであった。
そういうと、きっと誰方《どなた》でもこの余り意外な出来ごとのために、目を丸くなさることだろうと思うが、妾の懐姙《かいにん》は最早疑う余地のない厳然《げんぜん》たる事実なのである。
さらに驚くことは、この懐姙した胎児について、誰がその父親
前へ
次へ
全48ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング