偵はその中の或る日記を声を出してよみだした。
「ほう、こんなことが出ていますわ。――二月一日、『タラップ』ノ手摺ヲ修繕スル。相棒ガ不慣デナカナカ捗《ハカド》ラヌ。去年ノ今頃モ修繕シタコトガアッタッケガ、ソノトキハ赤沢常造ノ奴ガイタカラ、半日デ片付イタモノダ。彼奴ガ下船シテ故郷ニ引込ンダノハソノ直後ダッタ。モウ一年ニナルノニ、彼奴ハ故郷ニジットシテイテ、ドコニモ働キニ行コウトシナイ。ワシハオ勝ノコトガ心配デナラン。ト云ッテモ、オ勝ハモウスグオ産ヲスル。オ産ヲスルマデハ、イクラ物好キナ彼奴トテモ手ヲ出ス様ナコトガアルマイ。トハ云ウモノノ、女ヲ盗ムニハ姙婦ニ限ルトユウ話モアルカラ、安心ナラン――ほほう、亡くなった貴女さまのお父さまは、この赤沢常造という男を大分気にしていらっしゃるようですが、これはどんな関係の方でございましょうか」
「その赤沢というのは、伯父さんだと憶えています。一度父と大喧嘩をしたので、あたしは知っているのです」
「どんなことから大喧嘩なすったのでございましょう」
「さあそれは存じません」
「それは重大なことですね。……それから奥様のお生れ遊ばしたのは何日でございましょうか」
「その日記の最後の日附がそうなのです」
「ああそうでございますか。そうそう、この同じ二月十九日に、貴女さまはお生れ遊ばしたのでございますね」
 そういって春子女史は日記の頁の最後のところまでめくり、
「ああ、ありました。二月十九日、オオ呪ワレテアレ、今日授カッタ三人ノ双生児! これでございますネ。三人の双生児!」
 と、女流探偵は深刻な表情をして、三人の双生児! と口の中でくりかえした。
「いかがでございましょう。お心あたりがありまして」
 と訊《たず》ねると、女史は、
「これは現地について調べるのが一番早や道でございますわ。探偵が机の上で結論を手品のように取出してみせるのはあれは探偵小説の作りごとでございますわ。本当の探偵は一にも実践、二にも実践――これが大事なので、そこにあたくしたちの腕の奮《ふる》いどころがあるのですわ、奥さま」
「でもその現地というのが雲を掴むような話で第一何処だか見当がついていないのですよ」
「それは奥さま、調べるようにいたせば、分ることでございますわ」
 と女史は怯《ひる》む気色もせず云い放った。
「広告にお書きになりましたサワ蟹とか立葵とかは、日本全国
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