だして、この艇内へはこびこみ、すぐ離陸したらいいじゃろうと思う」
「そのかくし場所はどこですか」
「それがね、おかしな話だが、この宇宙艇は正にそのルナビゥムを埋めてある地点の頂上に腰をすえているんじゃ。これでは月人が気をもんで早く襲撃して全滅してしまいたがっているわけも察しがつくでしょうが」
「ははん、それはおどろきましたな」
モウリ博士が生命《いのち》をまとにして持ちこんでくれた土産《みやげ》ばなしはマルモ探検隊にとって非常に貴重《きちょう》なことがらだった。
それにより、さっそく全員を動員して、すぐ真下を掘りはじめた。
あった。出て来た。おびただしい貴重燃料のルナビゥム!
莫大《ばくだい》な量にのぼるものだったが、それをわずか一時間あまりで、全部艇内に取りこむことができた。これだけあれば火星を訪問して、地球へ戻るには十分すぎる。マルモ隊長はじめ全隊員は、どのくらい心丈夫になったかしれない。
「おや、来たらしいぞ。あの地ひびきは、月人の大軍が近づく音にちがいない」
モウリ博士は月世界に住みなれたせいで敏感《びんかん》だった。
すわこそ、月人の大襲来だ。
マルモ隊長は、急ぎ出発用意の命令を下した。全隊員は、ルナビゥム運搬《うんぱん》で疲れ切った身体を自ら叩きはげまして配置につき、死力をつくして急ぎ出発準備をととのえにかかる。これには、まだいささか時間が必要であった。
「用意よろし」の報告を待つマルモ隊長は、ついにそれを待かねて、探照灯の点火を命じた。
青白い数條の光が、さっと巨艇からとび出した。その光が、でこぼこの月面を照しつけ、左右に掃《は》いた。おどろいたことに、どの光も、ものものしい月人部隊の進撃姿をいっぱいに捕えていた。
その数は何十万とも知れぬ月の大軍だ。
「出発用意よろし」の報告は、まだマルモ隊長のところへはとどかない。そばに立っている正吉は、気が気でなかった。
はたして月人の襲撃前に、わが「新月号」は月世界を離れることができるかどうか?
アブラ虫競走
マルモ探検隊員をのせて、ロケット新月号は今や大宇宙を矢よりも早く進む。
暗黒の月世界をだんだんはなれ、その向こう側の昼の面が、大きな三日月の弧《こ》となって動きあがって来る。
これからロケットは、いよいよ火星のあとをおいかけることになったのだ。
ここ当分は、たいくつな航空がつづく。いかに希有燃料《きゆうねんりょう》ルナビゥムをたくさん使っても、火星においつくまでには、約三ヶ月の日数がかかる計算になっていた。
乗組員たちは、今からたいくつになってはたいへんだと、たいくつをまぎらすための、いろいろな工夫をこらす。
将棋のトーナメント競技を計画して、入会をすすめる者がある。
卓上ベースボールのリーグ戦をするメンバーを募集してまわる者がある。
おとなしいところでは、地球から放送されるテレビジョンによって、これから三ヶ月間に、編物講習を勉強しようと決心する者もあった。
正吉少年が通路を歩いていると、料理番のキンちゃんに、ばったり出会った。キンちゃんとは、しばらく顔をあわせなかった。二人は別に働いていたからだ。そのキンちゃんはにこにこしている。
「キンちゃん、どうしたの。たいへんうれしそうだね」
と、正吉が声をかけると、キンちゃんはいよいよ顔をくずしてげらげら笑い。
「うふッ。ちび旦那《だんな》。わしんところが、えらい人気なんですぜ」
ちび旦那などと、キンちゃんは失敬なことをいう。が、なかなかごきげんよろしい。どうしたわけだろう。
「なにが大人気だというの」
「いや、実は、わしのところで、ちょっとした競走をはじめたんですがね。それが大繁昌《だいはんじょう》なんで。みなさんがどっとおしかけてきてね、部屋の中がぎゅうぎゅうで、たいへんなんですよ」
「どういうわけで?」
「どういうわけでといって、つまり、わしの考えだした競争に人気がすっかり集まってしまったんですよ」
「誰が競争するの」
「誰って、つまりアブラ虫ですよ」
「アブラ虫だって? アブラ虫かい」
正吉は、おどろき、そしてあきれた。
キンちゃんの方は、どうですといいたげに、にやにや笑って、
「食堂に出てくるアブラ虫を、大切にして飼っておいたのです。かなり大きいのがいますよ。横綱というのは、一番大きくて、腹が出っぱっているのです。そのかわり、競走させると案外おそいのでねえ」
「なんだって、アブラ虫なんか飼っておいたの」
「たいくつだからですよ。アブラ虫だって、生きてうごいていれば友だちのかわりになりますからねえ。それにバターをなめさせたり、ジャガイモをくわせたりしていると、アブラ虫もだんだんわしになついてくるんでね。そりゃとてもかわいいですよ」
キンちゃんは目を細くし
前へ
次へ
全37ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング