三十年後の世界
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)万年雪《まんねんゆき》とける
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一台|至急《しきゅう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)うばガ[#「うばガ」に傍点]谷の万年雪
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万年雪《まんねんゆき》とける
昭和五十二年の夏は、たいへん暑かった。
ことに七月二十四日から一週間の暑さときたら、まったく話にならないほどの暑さだった。
涼《すず》しいはずの信州や上越の山国地方においてさえ、夜は雨戸をあけていないと、ねむられないほどの暑くるしさだった。東京なんかでは、とても暑くて地上に出ていられなくて、都民はほとんどみな地下街《ちかがい》に下りて、その一週間をくらしたほどだった。
ものすごい暑さは日本アルプスの深い山の中も別あつかいにはしなかった。アルプス山中の万年雪までがどんどんとけ出した。雪渓《せっけい》の上を、しぶきをあげて流れ下る滝とも川ともつかないものが出来、積雪はどんどんやせていった。
うばガ[#「うばガ」に傍点]谷の万年雪のことは、むかしから一番面積のひろいものとして、よく人に知られていた。それはまるで氷河のようにこちこちに固まった古い雪であったが、それさえこんどの暑さで両側からとけだし、日に日にやせていった。登山者たちがおどろいたのもむりではない。
「こんなところに流れがあったかね」
「いや、知らないね。地図でみると、どうしてもここはうばガ[#「うばガ」に傍点]谷のはずなんだが?」
「でも、へんよ。地図からはかって、ここはどうしてもうばガ[#「うばガ」に傍点]谷よ。この地図をごらんなさい。ほら、この岩」
「なるほどなあ、あれはたしかに三角岩だ。これはおどろいた。おい君、有名な万年雪が今年はすっかりとけてしまったんだぜ」
その人は、とつぜんことばを切って、目を皿のように大きく見ひらいた。
「――何だろう、あれは。……あそこを見たまえ、何だかしらないが、大きなまるい球がある。あの沢の曲ったところだ。見えないかい、君たちには……」
彼はおどろきをこめて、前へのりだしながら下手《しもて》を指さした。
「なるほど。見えるよ。大きな球だ。ぴかぴか光っているね。金属球だ」
「ふしぎだ。とにかくそばへ行ってみよう」
「おいおい、待ちたまえ。あれは危険なものじゃないか」
「そういえば、昔の写真に出ている機雷《きらい》みたいな形をしていますわね」
「ふん、機雷に似たところもあるけれど、機雷は海の中にあるもので、こんな山の中にあるはずがない」
四人の登山者は、それから谷間をつたわって、下手へおりていった。みんな何となくおそろしいが、しかし自分たちで発見したものだから、ぜひその正体をたしかめたかった。
ようやくそばへ近よることが出来た。
沢のまん中に、直径三メートルもあると思われる大きな金属球が、でんと腰をすえていた。表面はぴかぴかに金属光沢を放っている。十字にバンドがしてある。アイ・ボルトが何本かうちこんである。一同はそのまわりをまわってみた。
「や、字が書いてある」
たしかに字が書いてある。書いてあるというより、字を酸水素焔《さんすいそえん》かなんかで焼きつけてあるといった方が正しいであろう。
[#天から2字下げ]×取扱注意、扉Aを開け×
それだけのことが書いてある。
はて、この球は一たい何であろう。
冷凍人間《れいとうにんげん》
四人の登山者の好奇心は、いやがうえにもえあがった。
もう登山どころでない。このふしぎな金属球の中をのぞいてみないと、承知ができなかった。
「とにかくこの球は、万年雪がとけて、その下から出て来たものだよ。もっと上にあったのが、ころがりだして、ここまで来て停《とま》ったんだと思う」
「火星からなげてよこしたものじゃないか。開けると、中から火星人の手紙かなんか入っているんじゃない?」
「火星からじゃないよ。だってこのとおり×取扱注意、扉Aを開け×と、日本文字で書いてあるんだから、これは日本でこしらえたものにちがいない」
「早く、その扉Aというのをあけてみた方がよかないでしょうか」
「そうだ。それがいい。そうしよう」
扉Aというのはどこかと、球の表面をさがしまわった結果、後の方に半ば土にうずもれて×扉A×と書いてあるものが見つかった。土を掘ってみると、扉Aはまるいふたのようなものであった。それにはハンドルがついていて、左へ二十回ねじるように示してあったので、そのとおりにした。
するとそのふたみたいなものが開いた。金属板の上には、やはり薄彫《うすぼ》りになった文字がつらなっていた。それを読むと、おどろくべきことが書いてあった。
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