「なに、あれが毛利博士だって。それが、どうして君に分る。」
「そういう気がしてならないんです。それにああして戸を叩く格好が、おじに違いないと思うんです。中へいれた上で、よく調べることにしてください。」
「だが、もしほんとうの月人だったら、困ったことになるよ。そのとき君の立場がなくなるが、いいかね」
「ええ、いいですとも。ぼくは自分の責任をとります」
正吉は思い切ったことをいった。
それというのも、さっきカンノ博士の説明を聞いてからこっち、なんだかおじの毛利博士がまだ生きているような気がしてきたのだ。実はあのとき正吉は、カンノ博士の説をあまり信じないようなことは、いったものの。
「隊長。あの月人の姿をした者は、正吉がいうとおり、たしかにわれわれと同じ地球人ですよ。ああいう戸を叩く仕草は、地球人独特の仕草です。月人なら、あんなことはやらないでしょう。ですから、戸口を壊《こわ》して侵入するつもりなら、体当りするとか、すごい道具を持ってくるとか、もっと大げさなことをやると思いますよ」
そういったのは、カンノ博士だった。博士はいつの間にか正吉のうしろに立っていたのだ。
「なるほど。よろしい。君たちの意見に従って、あの疑問の人物を、中にいれてみよう」
隊長は、そこで命令を発した。
命令が出たので、隊員は反対するのを即座《そくざ》にやめた。そして厳重警戒のもとに、戸口を開いて、かの疑問の月人を艇内にいれた。
かの人物は、両手をあげて、よろめきながらはいって来た。そして急いで自分のかぶっていた兜《かぶと》をぬいだ
ああ、その下から現われたのは、正しく地球人の顔だった。苦労にやつれた白髪《しらが》の老人の顔だった。
「あ、おじさん。ぼくです。正吉です」
老人の方へかけだしていった少年こそ、もちろん正吉であった。
事態は重大
おそるべき敵と思ったのが、そうでなくて、なつかしい地球人だった。しかも探検家として尊《とうと》い経歴を持つ毛利博士だったのである。
艇内は、恐怖よりとつぜん歓喜《かんき》に変わって、どっと歓声があがった。
「おお、ようこそ、毛利博士」
「ほう、やっぱりあんたじゃったか、マルモ君」
毛利博士――これからはモウリ博士と書くことにしよう――そのモウリ博士とマルモ隊長とは手をとりあってふしぎな再会をよろこびあった。
「正吉までに会おうとは思わなかった。正吉をよく世話して下されて、お礼のことばもないですわい」
モウリ博士は、正吉の顔を穴のあくほど見つめる。そうでもあろう。正吉を冷蔵球《れいぞうきゅう》の中に入れで日本アルプスの山中においたまま、約束の二十年後にその球を開いてやることも出来ず、今までそのままにしておいたのであるから、ここで正吉に会って博士がびっくりするのも無理ではない。
「正吉君との間には、積《つ》もる話があるでしょう。まあ、ゆっくりお話なさい」
と、隊長はいった。
「いや、話は山ほどあるが、そんなことをしていられないのじゃ」
「と、おっしゃると何か――」
「重大事があるから、わしは危険をもかえりみず、老衰《ろうすい》した身体にむちうって駆《か》けつけてきたのですわい。そのことだ、そのことだ。マルモ君早くこの土地をはなれないと、月人の大集団が、この宇宙艇を襲撃して、全員みな殺しになるよ」
「それはどうして――」
「分っているじゃないか。月人たちはトロイ谷のことをたいへん恨《うら》みに思っている」
「いつ来襲するのでしょうか、月人たちは」
「今、さかんに武器や空気服をそろえにかかっている。あと二、三時間たてば、かならずここに押しかけてくるだろう」
「えっ、たった二、三時間しか、猶予《ゆうよ》がありませんか」
「二、三時間あれば、この月世界から離陸することはできるじゃろう」
「それはできますが、本艇はルナビゥムをもっとたくさん手にいれなくては予定の宇宙旅行ができないのです。実は倉庫第九号に、そのルナビゥムがかなり豊富に貯蔵してあったのですが、こんど来てみると、それがそっくり盗まれているのです。全く困りました」
「ああ、あの倉庫のルナビゥムのことか」
「おや。モウリ博士は、あの倉庫のことをご存じですかな」
「知っていますよ。あれも月人がやったことです。あとでくわしく話すが、あの倉庫のことを、たいへん気にしているのです。もちろんルナビゥムの用途《ようと》についても、彼らは勘《かん》づいていますのじゃ。そこで地球人を困らせようとして、あの倉庫にあったルナビゥムは全部ほかへはこんでしまった。」
「うーン、それは気がつかなかった。こっちのゆだんでした。で、どこへはこんでしまったのでしょうか、そのルナビゥムを――」
「その場所を教えてさしあげる。近いところじゃ。だから、あと二時間以内に、それを掘り
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