下さい」
「あぶないよ、それは。しかし、どうしてもう一度行きたくなったのか」
「ぼくは、おじさん毛利博士の最後を見とどけたいのです。あの倉庫をもっとよく探せば、おじのことが分かると思うのです。それにカンノ博士も、ぼくもいっしょに行ってもいいといっておられます」
「なに、カンノ君までが、そういうのか。みんな自分の生命をそまつにするから困る。もし一人がたおれると、その人だけの損ではなく、わが探検隊全体が弱くなるんだから、そこを考えて自重《じちょう》してもらわないと困る」
「はい」
そういわれると、正吉はそれでも行かせてくださいとは、いいかねた。そして、しおれて、カンノ博士のところへ戻っていった。
カンノ博士は、正吉の方へちらりと目をやっただけで、また机に向かった。
机の上には、顕微鏡がある。それから化学実験用の道具が並んでいるが、これは四角い鞄の中にはいっていて、いつでもこれをしまって、鞄の形にして携帯できるようになっている。
博士が顕微鏡を使ってのぞいているのは一枚のハンカチーフであった。これは倉庫第九号の入口のところで拾ったもので、五万年前の人骨が横たわる下にあったものだ。
「うん、よしよし。なるほどなあ」
博士はひとりごとをいった。
正吉は、何事だろうと、博士のそばへそっと寄《よ》っていった。すると博士は、気がついて正吉を手招きした。
「おい君、私は今一つ、発見したよ。このハンカチーフの主――つまり君のおじさんの毛利博士は、少なくとも今から三ヶ月前までは生きていたという事実が分かった。それはこのハンカチーフについている博士の身体からの分泌物《ぶんぴつぶつ》の蒸発変化度《じょうはつへんかど》から推定して今のようにいうことができるんだ。どうだね、この発見は君に何か元気を加えることにはならないだろうか」
「ああ、そうですか。しかし三ヶ月前まで生きていたことが分かっても、大したことではありませんね。今、生きているかどうか、それを知りたいです」
正吉は、あまりうれしがらなかった。
「ふーン。君はこの発見を、その程度の値打にしか考えないのか。私なら、もっとよろこぶがなあ。つまり三ヶ月前に生きているものなら、今も生きているだろうとね。三ヶ月なんか、この月世界ではなんでもない短い期間だよ」
「そうでしようか。ぼくは、おじが現在生きている姿を見せてくれるまでは、うれしがらないでしょう」
「おやおう。だいぶんごきげんよろしくないようだ。そんなに悲観してしまっては困るね」
せっかくカンノ博士がわざとそういったのだと思い、よろこぶ気になれなかったのである。
迫《せま》る怪影《かいえい》
警鈴《けいれい》が、この宇宙艇「新月号」の隅《すみ》から隅までに響きわたったのは、その直後のことであった。
「あッ、警鈴《けいれい》だ」
「なんだろう、今頃警鈴が鳴るなんて……」
正吉もカンノ博士も、共に耳をそばだてて、警鈴の次に高声器からとび出してくるはずのアナウンスを待ちうけた。
「月人《げつじん》一名が本艇右舷の第三門口を破壊しようとかかっている――艇長命令。全員直ちに配置につけッ」
さあ、たいへん。月人の来襲《らいしゅう》である。
来襲した月人は、今のところたった一人だというが、ゆだんはならない。第一番に偵察者がやって来て、そのあとに雲霞《うんか》のようにおびただしい月人隊がおし寄せるのかもしれない。
カンノ博士は、すぐ操縦室にとんでいった。正吉も、博士のあとについて、その室へはいったが、彼はテレビジョンの下へいって、月人を見ようとした。
見える、見える、
たしかに月人だ。トロイ谷で見かけたとおりの月人の姿をしたものが、第三門口を、拳《こぶし》でがんがん叩いている。カブト虫みたいな気味のわるい身体。上がとんがったのっぺらぼうの頭。その上に黄いろく光って見えるキツネのようにつりあがった二つの目。たしかに月人だ。
「早く撃ったがいい。艇をこわして、中へはいってこられたらたいへんだ」
「そうだ。やっつけた方がいい。トロイ谷で、きゃつらは勝ったように思っているのだ。こっぴどくやっつけてやるがいい。」
隊員たちは、トロイ谷で月人からひどい目にあわされたので、今こそ月人をたおして、地球人の威力《いりょく》を見せるときだと、いきまいている。
マルモ隊長の耳にも、隊員たちの声がはいった。しかし、彼はおちついたおだやかな人物であったから、一人の月人をここで倒すよりも、もっと外にいい方法はないものかと、もう一度考えた。
そのときだった。正吉が隊長の腕に飛びついたのは。
「隊長さん。あの月人は、ぼくのおじの毛利博士だと思います。だから、手荒なことはしないようにして下さい。」
正吉のことばは、隊長をおどろかすのに十分であった。
前へ
次へ
全37ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング