にしていなかったが、今日ばかりは恐《おそ》れいったよ、カンノ君」
 マルモ隊長はカンノ博士を見で、微笑《びしょう》した。
「カンノ博士が、どうしたんですか」
 正吉が、たずねる。
「月世界に生物が住んでいられるかもしれないというのは、実にカンノ君のたてた説なんだよ。君、話してやりたまえ」
「はあ。それでは、かんたんに申しますが、元来月は、地球の一部がとび出して、この月となったのです。おそらく今太平洋があるところあたりから、抜けだしたのであろうといわれています。ことわっておきますが、これは私の説ではなく、昔から天文学者の研究で唱《とな》えられている学説の一つです」
 正吉はカンノ博士の、この奇抜な説に、ひじょうな興味をおこして、前にからだをのりだした。
「これから後が、私の説なんですが、しからば月が地球を離れるとき、動物も植物もいっしょに持っていったに違いない。そして条件さえ、よければ、月の上で、しばらくはその動物や植物が繁殖《はんしょく》し、繁茂《はんも》したに違いない」
「おもしろいなあ」
「そのうちに、月世界の上にある大異変が起って、だんだん冷却してきた。そこで動物や植物の多くは死んで行き、枯れていった。しかし動物の中で、文化の進んでいた者――つまり人間でしょうね、この人間たちは早くも身をまもることを考え、その仕事にとりかかった。どうしたか分からないが、その人間たちの子孫は今も月世界の中に住んでいると考えられないこともない。たとえば、地中深くもぐりこんで、地熱を利用して生活し、あるいはまた別に熱を起し、空気を作り、食物を作って相当高級な生活をしているのではあるまいかとも考えられる」
「でも、その頃の人間は、あまり文化が進んでいなかったのでしょう」
 正吉のねっしんな質問だ。
「いや、そうともいえない。五千年以前における人間の文化のことは、ほとんど知られていないが、それより以前に住んでいた人類がすばらしい文化を持っていたことが、方々から出る遺跡によって、ぼつぼつ知られはじめている。そういう古い文化民族は、ふしぎにもみんな全滅しているのが多いらしい。どういうわけで絶滅したのか。おそろしい流行病にやられたか、洪水や氷河期のような天災でやられたのか、とにかく何かのおそろしい事件のために絶滅したらしい。しかも、何度もこんなことが、別々の時代にくりかえされたらしい。それを思うと、この月世界の人間も、かなり高い文化を持っていたのではないかと思われる。だから月人は、ばかになりませんよ」
 カンノ博士のことばに、正吉は今までにない感動をおぼえた。月人は、きっと実在するのにちがいない。


   ハンカチーフの研究


 やっとのことで、装甲車隊は、宇宙艇「新月号」が待っているところへ帰りつくことができた。
「ああ、よく帰って来たね」
「ずいぶん心配していたよ。ここに残っている私たちは、ついに悲壮《ひそう》なる最後の決心をしたほどだ」
「いや、心配させてすまなかった。みんな、助かったよ。ありがとう。ありがとう」
 迎える者も迎えられる者も、ともに涙をうかべて、抱きあった。
 装甲車は、すぐさま宇宙艇の中に格納《かくのう》せられた。
 マルモ隊長は、厳重な見張をするように命令した。それは、例の月人たちが、いつ逆襲《ぎゃくしゅう》してくるか分からなかったからである。
 トロイ谷で掘って来たルナビゥムは、大切に倉庫へしまいこまれた。
「どうだい。今日|採《と》ってきたルナビゥムだけで、これから火星を廻って、地球へもどるのに十分だろうか」
 隊長は、機械長のカコ技師にきいた。
「とてもだめですね。どうしても、今日|採《と》ってきた量の三倍は入用《にゅうよう》ですね」
「あと、どれだけいるのか。それでは、明日もう一度トロイ谷へ行って掘ることにしよう」
「しかし隊長。トロイ谷へ行くことは、たいへん危険だと思いますが……」
「危険は分っている。しかし火星へ行くのをやめて、このまま地球へ引っ返すこともできないと、みんなはいうだろう」
「それはそうですね」
「そうだとすれば、われわれはもう一度危険をおかさなくてはならない」
「やっぱり、そういうことになりますかなあ。あの倉庫第九号に貯えておいたルナビゥムが盗まれないであれば、こんな苦労をしないですんだのですがね。あれを盗んだ犯人は、もう分かったのですか」
「カンノ君が調べていたんだが、その調べの途中で、僕たちがトロイ谷から救いをもとめたので、カンノ君は捜査《そうさ》をうち切って、われわれの方へかけつけたのだ。そういうわけだから、カンノ君はまだ犯人をつきとめていないだろう」
 隊長とカコ技師がそういって話をしているところへ、正吉がひょっくり顔を出した。
「あ、隊長。お願いです。ぼくをもう一度、倉庫第九号へ行かせて
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