て笑う。
そのキンちゃんが、ぜひコック部屋へ見にきてくれというので、正吉はそのあとについてのぞきにいった。
すると、部屋の外まで、人間のお尻がたくさんはみ出している。みんなアブラ虫競走に賭《か》けて夢中になっている連中だった。
キンちゃんのかわりに、散髪夫《さんぱつふ》の虎《とら》さんというのが、ちゃんとアブラ虫を指揮して競走をやらせていた。経営者側のキンちゃんも虎さんも、だいぶんもうかっているらしい。しかし、かんじんのアブラ虫は、そうたびたびは競走をくりかえさない。つまり競走をするのも、バターやジャガイモをなめに行くためであるから、一回なめると腹がふくれる。二度目、三度目といううちに、すっかりたべあきてしまって、ゴールのところでバターがにおっても、あぶら虫はかけださないのだ。
「ねえ、ちび旦那。あんた一つ、あぶら虫を飼って、数をふやす係をやってくれませんか。そうしたら、うんと手当を払いますぜ」
キンちゃんは、大まじめでそんなことを正吉に申し入れた。
正吉は、アブラ虫にくいつかれたことがあって、アブラ虫はきらいだからと、キンちゃんにことわりをいった。
月人《げつじん》の秘密
それから正吉は、艇長室へいった。
そこではマルモ隊長をはじめ、カンノ博士やスミレ女史、それからカコ技師もあつまっていた。
もう一人、モウリ博士の白髪頭《しらがあたま》が交《まじ》っていた。博士は、さっきまで寝ていたはず。ここへ出てきたのは、疲れが直ったからであろう。思いのほか元気な老博士だった。
みんなは、モウリ博士の話に熱心に聞き入っている。
「おお、正吉か。ここへおかけ」
博士は、にこにこと正吉の方へ笑顔を見せて、すぐそばの椅子を動かした。
「今、みなさんに、月人の話をしていたところじゃ。お前も話が分かるなら、聞いていなさい。きっと参考になるからねえ」
そういって老博士は、またみんなの方を向いて、手をふり顔をふりして、月人のふしぎな生活について語りだした。
「月人は、月の表面に、たくさんの出入口を作っている。そこから中へはいりこむと、もちろんそれはトンネルのようになっているんだが、斜《なな》めに掘ってある。左右は階段になっているが、まん中はよく滑《すべ》るように、磨《みが》いた岩石の舗道《ほどう》になっている。つまり、これが子供の遊び場にある『おすべり』と同じ作用をするのだ。滑《すべ》って、早く下へ行けるように考えてあるのじゃ。月人は、なかなか工夫をするのが上手だ」
そこで老博士は、正吉の方へふりかえった。正吉が熱心に聞いているのをたしかめると、にっこり笑って、また顔を正面に向け直した。
「滑《すべ》り下りると、そこには一つの関所《せきじょ》がある。重い回転扉のはまった球形《きゅうけい》の大きい洞穴《どうけつ》みたいな部屋だ。つまりこの部屋は、空気の関所だ。それより奥は、空気が濃《こ》いのだ、手前の方は空気が薄い。その境界《きょうかい》になるのが、この回転扉だ。そこでこの回転扉をまわして中へはいると、その奥には、またもや下へ下りるトンネルがある。構造は、さっきのトンネルと同じことで、まん中のところは『おすべり』ができるようになっており、両側には階段がついている。なかなか大仕掛《おおじかけ》だ」
「すると月人は、土木工事に優秀な腕前を持っていると見えますね」
「そうだよ。わしもたしかにそれを認める。月人は、あの寒冷《かんれい》で空気のない地面を持っている月世界に、自分たちの生命をつなぐためには、土木工事に上達しないわけにはいかなくなったんだ。つまり、月人は、土地を掘って、地中へ、地中へ、と下りていったんだよ。表面は寒冷でも中はずっと暖かいからね。それに、空気は月の表面からとび散ってしまったが、地中にはいくらかそれが残っていたのだ。だから月人は、地中深く姿を消し、そしてその子孫が今もなお生命をつないでいるんだ。全くけなげ[#「けなげ」に傍点]な連中だ」
モウリ博士は、力をこめて、そういった。月人を恐怖する博士も、これまでに月人がたどった運命と、忍耐《にんたい》づよい努力とには、同情し、敬意をもっているのだった。
「でも、おじさん。そればかりの空気ではたくさんの月人が暮らしていけないでしょう」
正吉は、そういった。
「いや実際、地中にもぐってみると、案外に空気のたまっているところがたくさんあったのだ。もちろん、そのとき地中にもぐった月人の総数はそんなにたくさんではなかったらしい。数千の集落のうちのいくつかが、地中にもぐりこむことに成功したのだそうだ」
「すると、月世界の空気はある時機になって、急に月の表面から消えてしまったのですか」
「そうなんだ。どうしてそんなことが起ったかというと、そのとき、月のごく近くを、かなり
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