大きい彗星《すいせい》がすれちがった。そのとき月の表面へ、はげしく彗星の一部分が衝突した。そのとき、たくさんの月人が死んだ。彗星が去った。そのときに、月世界の表面から空気がなくなったという話だ。これは月人が子孫にいいつたえている、いわゆる伝説なんだ。だが、これはたしかにほんとうのことらしく思われる」
 モウリ博士の話は、いよいよ奇怪味を増してくる。
「月人は、今いろいろな方法でもって、地中で空気を製造している。われわれ地球人が、水道の栓《せん》をひねって、水を出してのむように、月人たちは、自分の家――それはもちろん地下の穴倉式《あなぐらしき》のものなんだが、そこに住んでいて、部屋にひいてある管から、必要のときに空気を出して吸って生きている。そしてさっき話したように、空気が割れ目などを通って地面の外へにげることをおそれ、地表と地中との交通路は、空気をなるべく洩《も》らさないように、厳重な仕掛かりでふせいである」
「なるほど。それでさっきのトンネルや回転扉の話とつづくんですね」
 一座は感動して、みんな溜息《ためいき》をついた。有名な探検隊長として知られているマルモ・ケンさえ、モウリ老博士がしたほどの深い月人の秘密については、今まで知らなかったのだ。
「そうだ。さっき話したトンネルと回転扉の数珠《じゅず》つなぎだ。第一の回転扉の次に、またトンネルがあり、その先に、また第二の回転扉があるという風に、少なくとも第五の回転扉を経《へ》なければ、月人の居住区へは達しないのだ。わたしは、その居住区に永い間暮していたんだ」
「おお、モウリ博士」
「月人は空気をあまりに大切にするあまり、月世界の表面へ出ることも、たいへんいやがる。だから、知能は、われら地球人間よりもすぐれているところがあるし、地球にない貴重な資源を豊富に持っているのに、彼らは一台の飛行機さえ持っていないんだ。だからこのロケットが、月世界を離れて飛びだしさえすれば、あとは月人に追いかけられて危険な目にあうというようなことはないわけだ」
「ああ、そうですか。それを聞いて、たいへん安心しました」
 マルモ隊長も、はじめてにっこり笑った。


   見え出した火星


 火星へ、火星へ――
 ずんずんとロケット新月号は、大宇宙を進んで行く。
 月世界を離れたとき、火星への距離はだいたい七千万キロだった。
 三ヶ月ほどの進空《しんくう》ののち、火星に達する計算であるが、そのときは火星が地球や月に対して一番近くなっているときで、火星と地球との距離は五千六百万キロほどになっているはずだった。
 だから月世界を離れたロケット新月号は、当時の火星の距離七千万キロを飛ばなくてもすむのだった。つまり三ヶ月のうちに、火星の方が自分でこっちへ近づいてくれるから、それだけ新月号の方では行程《こうてい》を短縮《たんしゅく》することができるわけだった。
 貴重なる資源ルナビゥムを積みこむことが出来たので、新月号のスピードは予定のとおりにあがり、火星へ達《へ》する日も、予定日を狂わないだろうと思われた。
 万事が好調にいっている。
 一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、次の第三ヶ月目にはいった。
 新月号と地球との間には、たえず通信が交換されており、テレビジョンも受けたり、こっちから送ったりしていた。だが、この退屈《たいくつ》で平穏《へいおん》な暗黒《あんこく》の空の旅は、地球の方ではあまり歓迎しなかった。
 それにひきかえ、乗組員たちは、地球からの通信やラジオ放送やテレビジョンを、出来るだけ多く受信して、聞いたり見たりしたがった。むりもないことであった。もうほんとうに、いつも同じ新月号の中に起き伏しし、窓から外をのぞけば、いつも同じようにまっくらな空にダイヤモンドをちりばめたように星が光っているのであった。全くこの単調な生活には、どんな辛抱づよい人間でも、がまんがならなくなるのだ。
 そのころ、この唯一《ゆいつ》の、そして最も大きな慰《なぐさ》めである通信がどうも今までのように、工合よくはこばなくなった。
 通信局の連中は、ようやく仕事の種が発生したので、退屈からのがれると、大よろこびであった。
 だが、通信の不調の原因は、よく分からなかった。これが地球の上なら、磁気嵐《じきあらし》のせいであるとか、デリンジャー現象だとかいえる種類の不調だったが、こんな宇宙の一角で、そうした原因でこんな不調が起るはずはなかった。
「これは重大だ。ひょっとすると、一大|椿事発生《ちんじはっせい》の先触《さきぶれ》かもしれない。みなさん、ゆだんなく気をつけて下さい」
 通信局長のスミレ女史は、とうとう全局員に対し、警戒を命じた。
 計算によると、あと二週間で、火星に達するあたりまで、新月号は近づいた。
 火星の姿が、地球から見る満月《まんげ
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