づいて、涙をぽろぽろと流した。
これには、他の人たちもげんしゅくな気持におそわれて、もらい泣きをした。
その中でカンノ博士はちらばった人骨をよせあつめ、頭蓋骨の骨片をハンカチーフの上にのせていたが、その手をとめて急に目をかがやかした。
「ちょっと、これはおかしいぞ」
「なにがおかしいのですか」
「この人骨はね、君のおじさんの毛利博士《もうりはかせ》ではないよ、安心したまえ」
「ええッ、どうして、そんなことが分るんですか」
正吉は、ふしぎに思って、聞きかえした。
「ちゃんと分るんだ。この人骨は現代の日本人の骨ではない。ずっと古い昔の人骨だ。それも百年前ではない。すくなくとも五万年ぐらい前の人骨だ。骨の形で、そう判定ができるんだ。五万年前の人骨、どうだね。君のおじさんの毛利博士の骨でないことは証明されたろう」
「ははあ、そうですか」
正吉をはじめ、聞いていた他の隊員も、ほっと、安心のため息をついた。
「すると、おじさんはまだ生きているのかな。おじさんのハンカチーフが月世界に落ちているとすれば、どこかこの近所におじさんがいるかもしれない」
正吉は、新しい希望をつかんだような気がした。しかしそれは同時に、新しい心配の種でもあった。
カンノ博士は、ほかのことを考えていた。
(なぞの人物は、なぜ五万年も前の古い人骨をもって来て、洞門の中に投げこんでいたのだろうか。それはどういう考えなんだろう)
なぞは、その外にもあった。五万年まえの人骨がどうして手にはいったのであろうか。それからそれへと考えていくと、ぶきみなおもいに、背中がぞーツと寒くなって来る。
カンノ博士は人骨問題はそれくらいにして、ルナビゥムを入れてあった倉庫をもう一度よく調べて、どこかに異常でもあるのではないか、それを発見したく思い、隊員たちに、奥へ行くことを命じた。
が、そのときであった。とつぜん、外に待たせてあった装甲車が発した警報が、カンノ博士たちのところへ届いた。
「なんの警報」
といぶかう折しも、警報信号が消えて、電波にのった運転手の声がひびいた。
「たいへんです。マルモ隊長など九台の装甲車が、トロイ谷のところで、かいぶつの一団にとりかこまれてしまって、危険におちいっているとの無電がはいりました。すぐこの装甲車へ帰って来て下さい」
運転手の声は不安にふるえていた。
正に一大事だ。ぐずぐずしてはいられない。カンノ博士は一同をひきいて、洞門の外へとび出した。外はまっ暗だった。黒いうるしでぬりつぶしたような暗黒の世界だ。急に夜のとびらが下りたものらしい。
さて探検隊の前途には何があるのか。その恐ろしき怪物の一団とは何物の群であろうか。
トロイ谷《だに》
話は、すこし前にもどる。
トロイ谷《だに》へ向ったのは、マルモ探検隊長のひきいる二十五名の隊員で、九台の装甲車にのっていた。けわしい岩山を、いくたびか上ったり下りたりして、隊員の幹部にはなじみの深いトロイ谷へついた。
一同はしっかりと空気服をしめ直し、地上へ下りた。車の中からは、採掘具《さいくつぐ》がとりだされ、めいめいの手に一つずつ渡った。これは圧搾空気《あっさくくうき》ハンマーに似た形をしていたが、原子力で動くものであるから、長い耐圧管《たいあつかん》もなければ、ボンベもなく、構造はずっとかんたんになっていた。
全く、原子力時代となった故《ゆえ》に、交通機関ばかりではなく、土木も建築も製造工業も、たいへん楽になってしまい、昔の人に聞かせたら、それはでたらめの夢だ、といって信じないであろうことが、今はごくかんたんにやりとげることができるのだ。
一同は、早い時間のうちに、必要なだけのルナビゥムを掘り出す必要があったから、マルモ隊長までが、その原子力ハンマーを操《あやつ》って、ルナビゥムを掘りにかかった。
さいわいに、この前掘った旧坑が、そのまま残っていて、ルナビゥム鉱は、青白く光っていたので、すぐに仕事にとりかかれた。全員は夢中になって働いた。
それがよくなかった。
こういう場合、やっぱり監視員を立たせておくのがよかったのだ。全員が掘っているため、彼らは自分たちの様子をうかがっている異様《いよう》ないでたちの一団がそば近くにいることに気がつかなかった。
その異様ないでたちの一団は、トロイ谷を見下ろす峰々から、そっとマルモ隊を見まもっていた。
彼らは、全身を甲虫のようなもので包んでいた。頭や両手、両足のあるところはマルモ隊の人々と同じであったがしかしそれは、マルモ隊員がつけている空気服みたいにすんなりとしたものでなく、わら人形のからだに鉄板《てっぱん》をうちつけたような感じのするものだった。そしてその鉄板は、横へ長いものが重なり合っていると見え、甲虫《かぶとむし》のから
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