頭を他の中からぬっともたげたのである。二つのぎょろぎょろ目玉。ほっそりした肩には、うろこが光っていた。肩のそばに左右に生えているヒレをぶるぶるとふるわせると、大きな口をあいて、正吉の方をにらんだ。口の中は、まっ赤であった。
こんどは正吉の方がぶるぶるッとふるえて、その場に立ちすくんだ。いったいその奇魚《きぎょ》はなんであったろうか。
にらむ怪魚《かいぎょ》
正吉のおどろきの声に、こんどはキンちゃんがおどろいてうしろの林の中からかけつけた。
「どうしたい、ちびだんな」
「しいッ」
正吉は、キンちゃんにさわぐなと知らせた。
「ええッ。気味のわるいことだ」
と、キンちゃんは、どろ棒ネコのように腰を低くし、草むらを分けてそろそろと正吉の方へ近づいた。
キンちゃんの声が大きかったので、池の水面から顔を出していた奇妙な魚がびっくりして、どぶんと波紋《はもん》をのこして沈んでしまったのだ。
その話を、正吉は、そばへ来たキンちゃんに話してやった。
「ええッ、大きな魚だって、そいつはめずらしいから、つりあげていって、焼くか煮るかして食ぜんへ出してみたい」
キンちゃんは料理人だから、すぐそんなことを考える。しかし正吉はいった。
「ぼくはその魚料理はたべないよ」
「なぜだね」
「だって、気持のわるいほど大きくて、いやにこっちをぎょろぎょろ見る魚なんだもの。あんな魚の肉をたべると、きっと毒にあたるかもしれない」
「ははあ、毒魚《どくぎょ》だというのだね。よろしい。毒魚か毒魚でないかはこのキンちゃんが一目見りゃ、ちゃんとあててしまうんだ。こんど出て来たら、すぐあっしに知らせるんだよ」
「しいッ。また、水面から顔を出すようだ」
しずかだった水面に、今はあちこちに、小さな波紋が見えている。いや、それは波紋ではなく、あの奇妙な魚が水面に自分の目を出して、岸にいる正吉たちの様子をうかがっているのだと分かった。
「しずかにしているんだよ。怪物どもがすっかり姿をあらわして、図々《ずうずう》しくなるまで、ぼくたちは石の像のようにしずかにしているんだよ」
と、正吉はキンちゃんにくりかえし注意をあたえた。
正吉の予想はあたった。
その奇魚どもは間もなく水面に、大きな顔を出した。それは、正吉たちが見なれている魚のようにとがった顔をしていないで、こぶのような丸味をもっていた。そしてとび出した二つのぐりぐり目玉が、しきりに動いた。
「ふーン。あれでも魚かしらん」
と、キンちゃんは、思わずうなった。
「それは魚にちがいないさ。水の中にすんでいるんだもの。そして、ほらひれ[#「ひれ」に傍点]みたいなものがあるし、顔だって魚に属する顔付きじゃないか」
正吉が、ひそひそとささやいた。
「そうかなあ。しかし、あの魚はたべられそうもないよ。毒魚じゃないにしても、肉の味がとてもまずいにちがいない。がっかりだい」
キンちゃんは、たべられないと判定した。
「そうれ、ごらんな。だが、キンちゃん。もっと辛抱して、あの魚どもがどうするか、見ているんだよ。たべないにしても、一ぴきぐらいはつっていこう。おみやげになるからね」
怪魚は、だんだん姿をあらわしていった。水面からよほど身体をのりだした。なんとなくそれは、その怪物が胸から肩の方まで出したように思われた。しかしその怪魚の身体の下部はどれくらい長いのか、どんな形になっているのか分からないので、胸までのり出したように思うだけであった。
そのうちに怪魚の数がふえた。二、三十ぴきにふえた。しかもその怪魚たちは、上半身《じょうはんしん》を水面からのりだしたまま、一ヶ所に集まってきた。そして、ひゅうひゅうというような奇妙な声をあげ、たがいに首をねじまげ、顔をくっつけあいする。
「あの魚は、声を出すよ。ああ気味が悪い」
キンちゃんは、正吉にしがみつく。
「声を出すだけではないよ。あれは、話をしあっているんだよ」
「えッ。話をしあうって。魚と魚と話ができるのかい。いやあ、たいへんだ、いよいよお化け魚ときまった。とてもたべられるしろものじゃない」
キンちゃんは青くなった。
「あの様子を見ると、あの怪魚はぼくらの知っている魚よりも、ずっと高等動物にちがいない。ほら、あの怪魚たちは[#「怪魚たちは」は底本では「怪魚たちに」]、さっきからぼくらのいるのを知っているんだよ。だから怪魚たちはスクラムをくんで、じわじわとこっちへ近づいて来る」
「なに、こっちへ近づいて来るって。それはたいへんだ。逃げよう」
「なあに、大丈夫。怪魚たちは、ぼくたちとなにか話をしたいのかもしれない」
「とんでもないことだ、ちびだんな。あっしゃあんなお化け魚にくい殺されるのはいやだ。なんでもいいから逃げよう。さあ逃げるよ」
キンちゃんは正吉の手をひっ
前へ
次へ
全37ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング