ことを命じた。なるほど、まだ重大な仕事が残っていたのだ。乗組員の多数は、艇外《ていがい》へとび出して宇宙塵に損傷《そんしょう》した穴の方から消火につとめた。このとき彼らは、やはり空気かぶとをかぶらなくてはならなかった。そのわけは、火星の表面には、月世界とはちがって空気はあるけれどもその空気はたいへん、き薄《はく》であるから、人間はやはり酸素を自分で補給しないと息ぐるしくて平気ではいられないのであった。だが、例のいかめしい空気服は着なくてもよかった。空気かぶとは、頭にすっぽりとはいる円筒形のもので、肩のところで、ぴったりと身体についていた。そして空気かぶとの大部分は、透明な有機《ゆうき》ガラスでできていたから、すこしはなれて見ると、そういうかぶとをかぶっているのかいないのか、区別がつかないほどだった。この中へ送りこむ酸素タンクは背中にとりつけてあった。
艇外へ出た作業員たちは、みんな火星がはじめてであったから、火星の引力になれていなかった。そのために彼らは、意外な失敗をくりかえした。つまり、火星では重力が地球の重力の三分の一しかない。だから一メートル高くとびあがるつもりでとびあがると、それより三倍高く三メートル上まで身体があがってしまうのだ。これは愉快なことでもあったが、同時によけいなこぶ[#「こぶ」に傍点]をこしらえる原因ともなった。
火災は完全に消えた。マルモ隊長は、それにつづいて、損傷した穴の修理作業に、すぐ取りかかることを命じた。隊員たちは休みなしに働かなくてはならなかった。そうであろう。ここで損傷個所をそのままにしておいたら、どんな突発事故によって、さあ火星から離陸だといったときに、たいへん困る。だから火災が消えたら、こんどは何をおいても、艇に穴のあいた個所を修理しておかねばならないのであった。
林の中の怪《かい》
正吉とキンちゃんとが火星の砂漠の上に立って、空気かぶとを両方からよせあって、なにかしきりに話をしている。
二人とも、専門技術者ではないので、本艇の修理には役に立たない。だからいまちょっとひまなわけである。
ちょっと二人の話を、聞いてみよう。
「ねえ、ちょいと。あっしといっしょに、あそこまで行って下さいな。いいじゃないかね」
キンちゃんが正吉にねだっている。
「いってやっでもいいが、そんな気味のわるい林のところへいって、なにをするつもりだい」
正吉が、うしろの巨木の林をさしていう、その巨木は、地球の木とはちがい、ぼそぼそしたやわらかい下等な植物のように見えた。それはどことなくスギナやシダるいに似ていた。しかもその幹はたいへん太いものがあって、人間が四、五人手をつないでも抱ききれないほどのものもあった。キンちゃんは、その木のそばへ行ってみたいというのだ。
「あっしゃね、あの木が、料理をすれば、けっこう食べられるように思うんだ。ちょいとそれを調べてみたくてね。もし、うまく火星料理ができたら、第一番にお前さんに食べさせてあげるよ。だから、ちょっと行って下さい」
「ひとりで行くのは、こわいのかい」
「こわいことはないさ。しかし気味がわるいんでね」
「じゃあやっぱりこわいんじゃないか。おかしいなあ、大人のくせに」
正吉はキンちゃんについて、林の方へ歩いていった。ほんとうは、正吉も気味がわるくてしかたがない。
「ねえ。あっしゃどういうわけか、身体がふわふわしてしょうがないんだがね」
「それは重力が小さい関係だよ」
「そうですかねえ。なんだか水の中を歩いているような気がするよ。さっき、石につまずいてひっくりかえったが、そのときね、からだはふわッと地面へあたりやがるんだ。ちっとも痛かないんだから、妙《みょう》てけりんだ」
「地球の上なら、さっそく鼻血を出したところだろうね」
「おっと、さあ来たよ。なるほど、この大木め、いやにぶかぶかしているよ。これなら料理すれば食えるね。すこし切って持っていこう」
キンちゃんは、小刀《こがたな》をだして巨木の幹《みき》を切り取ったり、枝や葉を切り落したりして、料理に使うだけのものを集めだした。正吉は、それを見ているのには退屈して、林の中へどんどんはいっていった。すると、池のふちへ出た。池というよりは、沼地といった方がいいかもしれない。それは正吉にとって、めずらしい風景だった。
巨木が重なりあって生えている。池のふちには、きみょうな形の葉がはえしげっている。水はどんよりと赤い。その水の中に、何か泳いでいる。小さな魚のようでもあり、そうでなく両棲類《りょうせいるい》か爬虫頚《はちゅうるい》のようでもある。それがモの下から出たりはいったりしている。
「おやッ」
正吉は、とつぜん声をあげた。彼はあやしい大きな魚を見つけたのである。大きさは正吉ぐらいある魚が、大きな
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