して火事なんか、ひき起したのでしょうか」
「それはきっと、大きな宇宙塵が本艇の中部倉庫の付近へ衝突《しょうとつ》して、中部倉庫にしまってあった燃料が発火したのでしょう」
女史は、そう答えた。
「へえーツ。そんな大きな宇宙塵があるのですか」
「大きさが富士山くらいある宇宙塵は決して少なくないと、今まで知られています」
「富士山くらいですか。そんな大きなものも、塵《ちり》とよぶのですか」
「宇宙の塵だから、大きいのですよ」
「そんな大きな塵にぶっつかられたら、本艇《ほんてい》なんかひとたまりもなくこわれてしまうじゃありませんか」
「そうですとも。幸いにも、さっき本艇に衝突したのは、小さい岩くらいのものだったのでしょう。あ、信号灯がついた。わたしをよび出しています。めんどうな仕事がはじまるのでしょう。あなたも早く、消火区へ行ってお働きなさい」
スミレ女史は正吉にそういって、受話器を頭にかけた。
火星に着陸
正吉は、中部消火区へ急いだ。
もうみんな集まっていた。
なるほど燃料倉庫の一つから、ものすごく火をふきだしている。
きいてみると、やっぱりスミレ女史のいったとおり、宇宙塵のでかいやつが衝突して発火したのだという。
「火事は消せますか。本艇は爆発しませんか」
正吉は心配のあまり、消火区長として指揮をとっているトモダ学士にたずねた。
「火事はなんとか片づくと思うがね。しかし困ったのは宇宙塵が本艇にぶつかって横腹《よこっぱら》へあけた大穴の始末だ。そこからどんどん艇内の空気がもれてしまうんだ。そうなると本艇が貯えている酸素をどんどん放出しなくてはならない。困ったよ」
トモダ学士は、頭を左右にふる。
「このへんに気密扉《きみつとびら》があるでしょう。その扉をおろして、空気が外へもれないようにしたらいいでしょう」
正吉は、意見をのべた。気密扉というのは艇内が小さな区画《くかく》に分かれていて、その境《さかい》のところに、下りるようになっている扉だ。それを下ろすと空気は通わない。だから気密扉を下ろして空気が外へもれることは防げるわけだと、正吉は考えたのだ。
「それは正しい考えだ。しかしねえ正吉君、不幸なことに、さっきの宇宙扉の衝突で、こっち例の気密扉を下ろすモーターの配線が切断《せつだん》してしまってね、かんじんの気密扉が下りなくなったのだよ」
どこまで運がわるいのだろうと、正吉は失望した。しかしよく考えてみる。それは運がわるいのではなくて、そういう場合も考えにいれてこのロケット宇宙艇の設計をしておかねばならなかったのではなかろうか。つまり設計の不完全だ。失敗だ。いく隻《せき》もロケット宇宙艇をこしらえても、完全なそれをこしらえ上げるには、技師たちはまだ勉強をしなくてはならないのだろう。ことに、机のうえで頭をひねるだけではなく宇宙旅行の経験をつんだマルモ・ケン氏のような人から、実地の話をよく聞いて、それを土台にして設計をしないと完全なものは出来ない。
乗組員の煙の中をくぐっての一生けんめいな努力によって、モーターの配線が、あたらしく張られた。それで気密扉が下りるようになった。
それが下りると、火災の方もやや下火となった。しかしまだときどき小爆発をするので安心はならなかった。
幸いにも、火星への距離はいよいよ近くなり、着陸まではまず持ちこたえられることが分かって乗組員たちの顔も大分明るくなった。
ロケット宇宙艇新月号が、火星に着陸したのは、月世界をとびだしてから、ちょうど三ヶ月と二日目だった。火災のために到着がすこしくるって遅くなったが、だいたい予定どおりであった。
着陸のときは、まだ火災は消え切っていないし、宇宙塵にやられてこわれた部分はそのままであったから、はたして無事に着陸できるかと案じられた。
だが万事うまくいった。艇の下側から、着陸用のソリがひきだされる。そして火星の表面に着陸地帯として、もってこいの平らな砂漠《さばく》を探しあてると、一気にそれへまい下ったのであった。
新月号が火星のふしぎな巨木《きょぼく》の林を横にながめながら、まっ白い砂漠の上に砂煙をうしろへまきあげつつ着陸したところは、実に壮観であった。
月世界へ着陸したときの感じと、こんど火星へ着陸したときの感じとでは、たいへんちがう。
月世界は空気のない冷たい死の世界、氷の国であった。火星はそうではない。すくないながら空気もある。温かくもある。死の世界ではなく、形こそ怪異《かいい》であるが、植物も繁茂《はんも》している。
また、どこかに火星人がすんでいるとも考えられる。火星の方が月世界よりも、ずっと住みよい。
そういうことが、探検隊員たちをほっとさせたが。
マルモ隊長は、着陸と同時に乗組員総がかりで、火災を完全に消す
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