五分程過ぎたので私は路次から顔を出して窺《うかが》いますと、細田氏の姿はもうありませんでした。私はすっかり計画が当ったのに雀躍《こおど》りしながら、さりげなく蟇口を棄てたところに近付いてみますと、其の蟇口は側の溝《みぞ》の中に転って居ました。それは多分ステッキで上から押して見て何も入っていないと知るとステッキの尖《さき》でこの溝へ弾《はじ》き込んだものにちがいありませんでした。私はとも角も其の蟇口を拾い上げて逸早《いちはや》く其場を立ちのくと共に、細田氏の眼底に、この毒々しい赤い三角形が刻み込まれたことを信ぜずには居られませんでした。
斯《こ》うしておいて其の翌日は、細田氏に三角形の原質的な記憶を呼び起さしめるために同じような時間に出向いて、あれから少しはなれた道路の上に、小さいセルロイド製の三角定規《さんかくじょうぎ》を落して置きました。
細田氏は例の如く急ぎ足に出て来ましたが今日は少しも立ちどまりもせず、下駄で蹴とばしもせず、棄てられたセルロイド製の三角定規の側を過ぎて行ってしまいました。その三角定規が細田氏の眼にうつらなかったのだか、或いはそれが充分意識せられ、私の思いどおり
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