型に氏の長身が太い御影石の門に現われるのでした。私は細田氏に拾われることを信じ乍《なが》らも万一他の御用聞きなぞに拾われることをも覚悟の中に入れて定刻二分前に門前十歩ほどの路上に其の三角形蟇口を落しておきました。そして直ぐさま身を飜《ひるが》えすようにして門前につづく広い空地の片隅に佇《たたず》んで細田氏の姿の現われるのを今や遅しと待っていました。
 果して間もなく細田氏は例の力なさそうな姿を門前にあらわすと、スタコラと白い路をすすみ出ましたが、どんな無神経ものの眼にでも気がつかずにいない赤い三角形の蟇口はやすやすと細田氏の注視の標《まと》となり、氏の桐《きり》の下駄は戛《かつ》と鳴って、三角形蟇口の前に止りました。直ぐ拾い上げるだろうと予想した事ははずれて細田氏はステッキでちょいちょいと其の蟇口をいじって見ましたが、突然顔をあげて辺りを見廻しました。勿論《もちろん》私の姿も目に入るに違いなかったので私はつと横の路次《ろじ》の方へ大急ぎで飛び込んでゆきました。私は細田氏が何か大声をあげて私を呼びはしないかと思いましたが、一向声もきこえず、いつ迄たっても元のように静かでした。
 それから
前へ 次へ
全27ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング