まうのです。帰って来て小川の縁《ふち》に立ちかぶさるように拡《ひろが》った塔の森を仰ぐと今までの快活が砂地に潮がひくかのようにすっと消えてしまって、眼の下に急に黒い隈《くま》が出来たような気になるのでした。
そうなるといつまでも黙りむっつりとして其の日教わって来た数学の定理の証明を疑ってみたり、其の頃流行の犯罪心理学の書物に読み耽《ふけ》ったり、啄木ばりの短歌を作ったりしていました。
そんな調子の生活の中から私は遂に一つのトピックスをみつけ出したものです。それは例の犯罪心理学の書物と、自分の勉強している数学との両方から偶然に醗酵して来たものであったのです。私の考えでは人間が脅迫《きょうはく》の観念に襲われる場合に其の対象となるものは、平常其の人間がついうっかり忘れていたとか、気をつけていなかったものに偶然注意が向けられた結果、急に其のものに対する注意が鈍くなって遂に一つの脅迫観念が萌《も》え上って行くのであって、其の対象となるものが単純で、且つ至るところに存在しているもの程、脅迫観念を加速度的に生長せしめるのではないかと思ったのです。いや思ったどころか次の瞬間には必ずそうに違いない
前へ
次へ
全27ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング