るほど頬はこけ落ち、前よりも三倍も大きくなったかと思われる其の眼はいやに血走っていました。
私は相手が既に私を知っているかどうかを考えました。若《も》し細田氏が邸の前に不審な挙動をして徘徊《はいかい》する私を窓越しにでも見覚えているものとすれば、私が彼に近付いたとき大きな声でも立てられて「この学生は曲者《くせもの》だから、ふん縛れ!」などと喚《わめ》かれでもしようものなら大変だから、逃げた方がよいと思いました。そうで無くて細田氏が私を例の三角形事件と結び合わして承知していないのなら、私は平然と狂犬の如き氏の横をすれちがって通るのがよい。たとえ理由なくとも、今向うからやって来る氏の顔を見て逃げ出したのでは錐《きり》のようになっている敏感な氏は瞬間に万事を悟って誰彼の容赦なく、忽《たちま》ち狂犬の如く咬みつくことであろう。そう思うと流石《さすが》に私も進退谷《しんたいきわ》まって、いつの間にか往来に立ち停ったのでした。
其の時でした。不意に横丁から笛と太鼓と鉦《しょう》との騒々《そうぞう》しい破れかえるような音響が私の耳を敲《たた》きました。と早や私の身体を前に押し出すようにして私の前
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