に躍進したのは、近所の寄席の番組がわりでも触れて歩くらしい広告屋の爺さんで、背中には赤インキで染めたビラを負い腹に釣った大きな太鼓の前には三角の広告旗を沢山つけ、背中のうしろからのび上った竿の先に身体を全体を蔽《おお》うかのように拡げてとりつけられた紅白だんがらの花傘の上にまで、一面に赤い三角旗を樹《た》てまわしていました。
私は一瞬間このグロテスクな闖入者《ちんにゅうしゃ》に驚かされましたが、直ぐ眼前の敵である細田氏の姿に眼をうつしました。其時アッと思う間もなく細田氏はクルリと背後《うしろ》を見せるが早いか蝙蝠傘《こうもりがさ》を拡げたような恰好をして向うへ逃げ出しましたが、直ぐ左手にあった喫茶店へ大遽《おおあわ》てで飛び込んだものです。
其の姿を一目見ると私は何もかも事情が判ってしまいました。いや何も知らない広告屋の爺さんは、細田氏の恐怖の標《まと》である三角形の旗を身体中にヒラヒラとひらめかして凱旋将軍《がいせんしょうぐん》の如く向うへ押しすすんで行くではありませんか。私は急に身体が軽くなるのを覚えました。そしてカラカラと笑いたくなりました。
実に其時です。細田氏が今|遁《
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