だ。つまりこの中には、モリプデン――水鉛ともいったことがあるね――そのモリプデンが含有《がんゆう》されているんだ。ここまでいえばもう分ったろう。モリプデンの微量《びりょう》を鋼《はがね》にまぜると、普通の鋼よりもずっと硬いものが出来るんだ」
「ああ、モリプデン鋼のことか」
「大昔は、刀鍛冶《かたなかじ》たちが、行先を知らせず、ひとりで山の中へはいりこみ、一ヶ月も二ヶ月も家へかえらないことがあった。それは刀鍛冶が、この水鉛[#「水鉛」は底本では「水」]の鉱石を探すために山の中へ深くはいりこむのだ。そしてその場所を見つけても誰にも知らせないで、自分だけの用に使っていた。しかしその刀鍛冶が年をとって死にそうになると、ひそかに自分のあとつぎの者におしえたこともあったそうだ。とにかく、この水鉛鉛鉱が、この部屋には、あっちにもこっちにもおいてあるんだ。この謎を君たちはどう解くかね」
 問う少年の瞳《ひとみ》も、聞かれる少年たちの瞳も、共に輝いて、水鉛鉛鉱の上に集まる。
「ふん、分った。この屋敷を建てた混血児《こんけつじ》のヤリウスは、水鉛鉛鉱を売って儲《もう》けたんだろう。貿易もしたのだろう」
「そうだろうねえ」と四本も相づちをうち「なにしろ水鉛鉛鉱というものは、世界においてもめずらしい鉱石なんだから。……それからもっと謎を解けないかしら」
「そのヤリウスが、うまい商売を捨てて、なぜどこかへ行ってしまったんだろう」
「そのことなんだ。ぼくの想像では、ヤリウスは、水鉛鉛鉱がかなりたくさん出る場所を知っていたんだと思う。その証拠には、この部屋だけにでも、あっちにもこっちにも、たくさん標本や見本の鉱石が、無造作においてあるからね。ほら、そこの隅には、樽にいっぱいはいっている」
 なるほど、小さい酒樽《さかだる》であったが、その中にいっぱいはいっていた。
 少年たちが、感心して樽の中をのぞきこんでいるとき、大時計の音が、ゆっくり、かちかち聞えてきた。
 ところが、あと五分足らずで、この屋敷は大爆発を起すことになっていた。四少年の中には、それに気がついている者は一人もない。あと、たった五分だ。
 大危険は迫っている。
 それなのに、その大危険の時刻を知っている八木少年はどうしたのであろう。

   牡牛の扉

 八木少年は、ふと吾《わ》れにかえった。
 彼は、小暗い階段の下に倒れていた。
 気がつくが早いか、さっと頭をかすめたことは、怪囚人から教えられたことだ。ことに、この屋敷が、もう一時間とたたないうちに大爆発をするというおそろしい危険のことであった。
 大時計を、すぐにとめなくてはならない。
 そのために、自分は怪囚人に別れて、急いでガラス張りの道路[#「道路」はママ]を、怪囚人に教えられたとおり、走りだしたはずだった。それにもかかわらず、なぜ自分はこんなところに倒れているのであるか、訳が分らなかった。
 足もとを見ると、そこにはやはり厚いガラスがはってあった。すると怪囚人のいたところから、ここまでずっと同じガラス張りの通路がつづいているのにちがいない。
 彼はうしろをふりかえった。怪囚人の姿が見えるかもしれないと思ったからである。怪囚人は自分がこんなところで滑るかなんかして倒れたままでいるのを、遠くから見ながら、やきもきしているのではなかろうか。
 そう思って、奥をすかして見たのであるが、奥はいよいよ暗く、それに通路が曲っているので、怪囚人の姿を見ることができなかった。
 そこで八木少年は、前進することにきめ、階段をかけあがった。
 階段をのぼり切ったところに、頑丈《がんじょう》な扉がしまっている。錠《じょう》がおりていると見え、押《お》せど叩けどびくとも動かない。
「困った!」
 が、そのとき彼は救われた。扉の上に、牡牛の像が、うき彫《ぼ》りにつけてあったからだ。
 彼はのびをして牡牛の舌《した》を指先でつきあげた。
 すると、奇妙なことに彫刻の中の舌がひっこんだ。と同時に、ぎーッと音がして重い扉は向こうへ開いた。
「あッ、ありがたい」
 牡牛の舌を下からつきあげると扉があく。このことは、怪囚人が教えてくれたことの一つであったのだ。
 そこを急いで越えて前方を見ると、すこし通路を行ったところに、またもや上へのびる石の階段があった。
 八木少年は、どんどんと階段をあがった。階段の上には、頑丈な扉があった。前と同じようであった。その扉の上には、やはり牡牛のうき彫がとりつけてあった。前に見た二つの牡牛の像もそうだったが、どれもすこしずつ牛の姿勢がかわっていた。
 だが、どの牛も舌をだらりと出していた。それを上へおしあげると扉が開くことは、このたびも同じことであった。
 同じようなことを五六回くりかえすうちに、さすがの八木少年も、息がきれ、頭がふらふらになって、ぶっ倒れそうになった。しかもまだ、教えられたとおり、大時計の歯車と振子《ふりこ》のあるところまでつかないのであった。
 このとき八木少年は知るよしもなかったけれど、大時計は四つの鉦をうつ五分前のところをさしているのであった。
 そして八木君が、大時計の振子と歯車のあるところに出るには、まだ四つの扉を開いて急階段をかけあがらなくてはならなかったのである。はたして今はふらふらの八木少年は、間にあうだろうか。
 時計屋敷の崩壊《ほうかい》を前にして、大時計はますますおちついた調子で、こッつ、こッつと、時をきざんでいく。
 もしこの時計屋敷が、あと五分足らずの間に爆発すれば、少年たちも、その前にいった村人たちも、また八木君を救った怪囚人もみんな死んでしまうことになる。また時計屋敷の秘密も、すっかりうしなわれてしまうのだ。
 あます時間は、あと四分ばかり。
 さて、どうなることであろうか。

   無我夢中

 無我夢中とは、このときの八木少年のことだった。
 迫るこの時計屋敷の爆発時刻、間にあわなければ自分ももろともに屋敷の瓦礫《がれき》の下におしつぶされてしまうのだ。しかしもしも間にあって、あの大時計をとめることができればたくさんの人の生命を救い、そしてこの大きな古い由緒《ゆいしょ》ある建物をまもることができるのだ。八木少年は、爆発を今とめることのできるのは自分だけであると思い、一所けんめいに階段をかけあがり、扉の錠をはずして又階段をあがり、又新しい扉にぶつかっていった。
 大時計の下に出ることができたときは、うれしく涙が出た。
 その涙をはらいおとして、八木少年は、大時計のゆらりゆらりと動いている大きな振子に抱きついて、両足をつっぱった。
 大時計は、ぎいッと音をたて、歯車はごとんと停った。
 その時、大時計の針は、鉦を四つ鳴らすちょうどその一分前のところを指していた。
「やあ、八木君だ」
「ほんとだ、八木君が時計の振子にぶら下っている」
 さっき八木君が階段をがたがたと踏みならしてかけあがっていったそのあらあらしい音を、実験室にいた四少年は聞きつけて、とび出して来たのだった。
「ああ、うまく会えたね。よかった。ちょっと手をかしてくれたまえ」
 八木君は、みんなの手を借りて、振子からはなれることができた。
 彼は、この時計がもうすこし動いていたら、この屋敷は大爆発したことだろうと、怪囚人から聞いたことを話した。四少年は、それを聞いておどろいた。そしてその怪囚人のところへ行ってみることになった。
 ところが、どうしたわけか、さっき八木君が開いて通って来た扉が、彼が閉めもしないのに、ぴったり閉っていた。それを開こうとしたが、なかなかあかない。秘密錠《ひみつじょう》になっている牡牛の彫刻があるかと探したが、そんなものはなかった。もちろん鍵穴もない。いろいろとやってみたが、扉はついにあかなかった。
「これはめんどうだ、時間がかかる、あとのことにしよう」
 と、四本がいい出し、ほかの者もそれにさんせいしたので、あとまわしになった。そして五少年は、実験室をしらべる仕事をつづけることになって、そっちへ動き出した。
「あ、あの振子を、あのままにしておくのは、心配だ。振子が動きださないように、縄《なわ》なんかでしばっておきたいが、縄はないかしらん」
 縄はなかったが、細い紐《ひも》が実験室にあったのを思いだした者があって、それをとって来た。そして五少年みんなで力をあわせて、重い大きな振子を紐でむすんで、その紐の他の端を階段の手すりにゆわきつけた。こうしておけば、振子は動かないから安心していられると、みんなはそう思った。
 みんなは、元の実験室へもどった。
 はじめてその部屋を見る八木君は、四本君の話を聞いて、目をかがやかせた。そしてしげしげとこの部屋を見まわした。
「へんだね、その額は……」
 と、八木君がいった。
「ああ、へんだね。絵が切ってあるところが、へんだというのだろう」
 六条君がいった。
「いや、そのことではなくて、切ったカンパスの裏に板がはりつけてあることだよ。板がはりつけてあるなんて、めずらしいことだ」
 そういいながら八木君は、腰かけの上にのって、傾いているその額縁を両手でつかんで裏を見た。
「む、この額のうしろの壁には穴があいているよ。穴の向こうに、部屋があるらしい。やあ、たしかに部屋だ、うす暗いけれど見えるよ」
 四少年はびっくりして、腰かけにあがっている八木君の足もとにかけ集った。

   意外な人

 いったい、それはどんな部屋であろうか。額のうしろの秘密の穴から出入りできる部屋であるから、ただの部屋ではあるまい。
「かまうことはない。どんどん、はいってみようよ」
 少年たちは元気であった。
 そこで額を横へひっぱって、うしろの穴から、少年たちは中へはいっていった。
 うす暗い部屋、ぷーンとかびくさい。畳《たたみ》がしいてあるが、すっかりくさって、ぶよぶよである。
 目が暗さになれてくると、少年たちはその部屋のひろいのに気がつき、それと同時に、その部屋のまん中に、鉄格子があるのを発見した。
 鉄格子というよりも鉄の檻《おり》といった方がいいであろう。その鉄格子は、床と天井とをつらぬいていた。
「あっ、檻の中に人がいる!」
 二宮君が悲鳴をあげて叫んだ。
「なに、人だって」
 みんなこわごわ檻の方へ寄って、中をのぞきこんだ。なるほど人が倒れている。洋服を着ている男らしい。何者か。
 四本君がこのとき懐中電灯の光を、檻の中の人の顔にさしつけた。
「おや、骸骨だよ。骸骨が洋服を着ている」
「手も、白骨になっている」
 檻の中で死んでいる人物は、やはり囚人でもあろう。しかも年代がずいぶんたっているらしい。洋服を着ているところから見ると、外国人であろうか、それとも当時の新しがり屋であろうか。
「まさかヤリウスの白骨死体じゃなかろうね」
 六条君がいう。
「ヤリウスはこの屋敷から出ていったのだ。だからヤリウスではないよ」
 五井君の推理だ。
「しかし、この屋敷から出ていったヤリウスから、その後たよりが来たという話もないじゃないか。だからヤリウスがここで白骨になっていても、つじつまはあうわけだ」
 四本君は、とっぴな説をたてる。
 そのとき八木君が檻の中を指した。
「見てごらん、白骨の右手のそばに、手帳みたいなものが落ちているじゃないか。あれをこっちへひっぱり出して、中を読んでみたら、なにか秘密が分るかもしれないよ」
 八木君の発見はすばらしかった。棒を檻の中へさしこんで、その手帳をかきよせた。そしてその中を開いてみると、えらいことが書いてあった。それは今日まで外部には全く知られていない、この時計屋敷の秘密であった。
 要点だけを書きぬいてみると、次のようになるのであった。
「わが犯《おか》せる罪のため、ついに私の上に天罰《てんばつ》が下った。今や私はこの檻の中で餓死《がし》するばかりだ。
 ざんげのために、わがおそろしき罪を記しておく。私は主人ヤリウス様がどこからか持ち出してくる貴重な水鉛の鉱石に目がくれたのだ、私はそれを横領《おうりょう》しようとした。その水鉛のありかも分ったよう
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