に思ったので、或る夜私はヤリウス様の寝所を襲ってこれを縛《しば》りあげ、地下牢の中へほうりこみ、鉄の鎖でつなぎ、顔にはおそろしい死神の仮面をかぶせた。
 世間に対しては、とつぜんヤリウス様がこの土地を去られたことを告げ、雇人《やといにん》も全部|解雇《かいこ》し一人のこらずこの土地にとどまることを許さなかった。そのために私は相当な金を使った。
 私はひとりとなって後、いよいよ巨万《きょまん》の富をひとり占《じ》めするつもりで屋敷を後にして水鉛の埋蔵《まいぞう》されている場所へ入ったが、それは私の思いちがいで、本当の埋蔵場所ではなかった。私は屋敷へ帰ると、地下牢の囚人ヤリウス様を責めて、その場所を語らせようとしたが、ヤリウス様はなんとしても語らなかった。
 私は金に困ってきたので、やむなくこの屋敷を左東左平に売った。私は金を受取ってこの屋敷を立ちのいたと見せたけれど、実はすぐ秘密の地下道からこの屋敷の中へもどった。
 この屋敷には、ヤリウス様のお好みによって作られた秘密の部屋や通路や仕掛《しかけ》るいがたくさんある。そのことは左平には話してなかったので、私はその秘密の部屋にかくれて暮すことができる。そしてそれからもヤリウス様を責《せ》め、あるいは自分でいろいろ書類などを調べ、水鉛の埋蔵場所を知ろうとしたが、だめだった。ところが、左平はいつどうして気がついたのか知らないが、この屋敷に自分たち家族以外の者がいることをかんづいた。そこで秘密の部屋を探すのに熱心になった。
 探し出されては困るから、私はあべこべに左平をおどかすことにした。いろいろな怪異《かいい》を見せて彼と彼の家族をおどかした揚句《あげく》、先に左平の妻と娘を殺し次に左平を殺した。そして左平の妻と娘は奥の座敷に寝ているようにつくろい、左平は時計の器械のそばで首つりをしているようにつくろったが、すべて私がやったことだ。
 それは、この屋敷に怪談をつくるのが目的であったが、私の計画は図にあたって、村の人々はこの屋敷へはいって来て、左平一家のむざんな最後を見、おどろいてしまった。そして時計屋敷の怪談がひろくひろがったのだ。
 ところが、私にも天罰の下るときが来た。それは私がヤリウス様が絶対秘密にしていた実験室を発見し、それにつづいてその隣りの一室よりこの部屋へ額のうしろからはいれることを知った直後、この部屋の秘密を調べるため、畳をあげようとしたとき、とつぜん大きな音がして天井からこの鉄格子の檻が下りて来て私を中へ閉じこめてしまったのだ。それが私の悪運のつきだった。
 それでも私は、この檻から出て生きのびるためいろいろなことをやってみたが、すべてだめであった。屋敷の中にいるのは、地下につないであるヤリウス様と、檻の中の私とだけである。村人はこわがって、誰一人として近づかない。左平をぶら下げた以来とまったままの大時計が、うまく動き出して鳴ってくれ、村人を呼びあつめてくれたらと祈ったが、それもかなわぬことだった。
 私は天罰の下ったのを知った。そして今や死にのぞみ、わが罪をざんげして、おゆるしを乞《こ》う。最後ののぞみは、誰かが地下から、ヤリウス様をすくい出してくれることだが、これもはかない望みだ。私はヤリウス様をも同様に餓死させて、最後に主人殺しの罪を加えることになるのだ。そう思うと私は、自分の罪のおそろしさに気が変になりそうになる。
 神よ、あわれなるわがたましいを救いたまえ。
  明治四年十二月[#地付き]門田虎三郎」

   大団円《だいだんえん》

 門田虎三郎の遺書《いしょ》だった。
 白骨《はっこつ》になって檻の中に倒れているのは、門田虎三郎だったのである。
 それは何者であろうか。
 記憶のよい読者は、この門田虎三郎が、ヤリウスの家扶であったことをおぼえていられることと思う。
「おそろしいことだねえ」
 五人の少年は、目と目を見合わせた。
「しかし、これで時計屋敷の秘密は、ついにとけたわけだ」
 時計屋敷の秘密はとけた。
 そうであろうか。いやいや、悪人門田家扶の遺書によってとけたのは、この屋敷の秘密の一部にすぎない。門田が知らない秘密が、まだこの屋敷に関してまだまだ残っているではないか。
 水鉛鉛鉱の埋蔵場所はどこだ。
 ヤリウスの最期はどうであったか。
 それと八木君が地下道の奥であった死神の仮面をかぶった怪囚人との間には、なにか関係があるのか。
 その二人は同一人ではあり得ない。ヤリウスが今もし生きていたら百歳をはるかに越すわけで、そんなことはあり得ないと思う。
 北岸さんたちは、今どこにどうしているのだろうか。あの大時計が四時をうてば大爆発するというが本当だろうか。もし本当ならそれは誰が仕掛けたのか、ヤリウスが仕掛けたものなら、それはなぜであったか。
 こうして拾ってみると、この時計屋敷には、まだまだ大きな秘密が残っている。それが全部とける日は、いつのことであろうか。
 その一つは、間もなくとけた。
 というのは、少年の中で耳のはやい二宮君が、この部屋のどこかで、とんとんとんという音が、かすかではあるがするのを聞きつけたのがはじまりだった。
 それと知って五少年は、部屋中を探しまわったあげく、天井の隅のところが震動《しんどう》して、かすかに壁土が落ちてくるのを発見した。
「あッ、天井の上に、誰かいるんだ」
 方々探しまわった末、天井の上にあたる部屋から救いだされたのは、永らく行方をたずねられていた北岸をはじめ七人の村人だった。その人たちは、あやうく餓死《がし》の一歩手前で救われたのだった。
 腹ぺこのかすれ切った声で、彼らが語ったところによると、七人の村人はこの屋敷の中へはりいこんで、その奇々怪々《ききかいかい》なる部屋部屋を見て歩いているうちに、とつぜん床《ゆか》が落ち、あッという間に一同はこの部屋へ落ちこんだのだ。出るには壁が高くて出られず、そこで一同は今までそこに閉じこめられていたのだという。
 北岸たちは、この屋敷を一刻も早く出たがった。日の光を見、いい空気をすいたい。それから、うまい水ものみたい、と少年たちに訴えた。
 そこで少年たちは、北岸たちを両わきから抱《かか》えて、時計屋敷の外へつれだした。それがために、少年たちはいくども往復しなくてはならなかった。
 その仕事の最後は、北岸を、八木君と四本君が抱きかかえて出ることだった。その三人が、屋敷の窓から外へ出たとき、とつぜん地震が襲来《しゅうらい》した。
 かなり強い地震であったが、前に起った地震の余震《よしん》であるにちがいなかった。
 その話をしながら、三人が庭の方へすこし歩いたとき、八木君が、
「ちょっと、しずかに」
 と、おどろいたような声を出し、それから、北岸さんの身体から手を放すと、その両手を耳のうしろへひろげ、くるっと頭をあげて大時計を見上げた。
 かち、かち、かち、かち……。
 かすかながら、聞えてくる音があった。
「たいへんだ。大時計が動いている。早くにげなくては……」
 大時計が動き出したのは、今の余震《よしん》で、振子をしばっていた古い紐《ひも》がぶっつりと切れ、それで振子は大きくゆれだしたのだ。
「たいへんだ。時計屋敷が爆発するぞ、溝《みぞ》の中へかくれろ」
 大時計が動きだせば、わずか一分ばかりの後に大爆発が起ることが予想された。たった一分間だ。みんなのあわてたのも道理であった。
 まちがいなく一分後に、時計屋敷は大爆発し、天にふきあがり、崩壊《ほうかい》し去った。砂塵《しゃじん》のようになった破片がおさまると、さっきまで見えていた大時計台が、どこへけし飛んだか姿を消していて、屋敷跡へ目を向けた者の背筋《せすじ》を冷くした。
 五少年と七人の村人は、あやういところを助かった。
 このへんでこの物語の筆をおかなくてはならないが、まだ二つばかりお話しすることが残っている。
 その一つは、水鉛鉛鉱の埋蔵場所というのは時計屋敷の真下だったことである。爆発の跡を探しているうちに、大地が掘れて、その鉱脈のあるのが発見された。
 もう一つは、八木君を救ってこの屋敷の秘密を教えた怪囚人のことであるが、八木君は、あの硝子《ガラス》の床のある地下道がそっくり残っているのを見つけて、そこへはいっていった。しかしふしぎなことに、見おぼえのある鉄の鎖《くさり》と死神の仮面は見つかったが、かんじんの怪囚人の姿はなかった。
 怪囚人は、どうなったか。その謎だけは、今もなお解けない。
「あれはヤリウスさんの幽霊だったかもしれないよ」
 と、八木君は結論をこしらえた。
「いや、もう溺死《できし》しそうになってから、君は恐怖のために、しばらく気がへんになっていたんじゃないか、だから会《あ》いもしない怪囚人に会ったように思っているのじゃないか」
 四本君がそういった。
「どうも分らないね」
「とにかくふしぎなことだ」
「世の中のことは、なんでもみんな答が出るというわけにはいかないよ」
「水鉛鉛鉱の鉱脈が見つかったのは、思いがけない大手柄《おおてがら》だったね」
 そこで、少年たちは晴れやかにほほえんだ。



底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「東北小国民」
   1948(昭和23)年5月〜10月
   「AOBA」(「東北小国民」改題)
   1948(昭和23)年11月〜12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2005年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全8ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング