わらかくあたった。
(畳がしいてあるな)
と気がついた。そしてぷーんと、かびくさい匂いが鼻をうった。
やっと気が落ちついて、口がきけるようになってみると、懐中電灯は四本のものの外、全部がなくなっていた。さっき落ちるとき手から放したのであろう。
そのただ一つの電灯で、四本はみんなの顔をてらした。
五井も六条も、顔にすり傷をこしらえ、土にまみれたまっくろな顔をしていたが、まず無事だった。二宮だけは、目をまわして、のびていた。
だが、ちょっと介抱《かいほう》すると、二宮も気がついた。大したことではなかったらしい。
「どうしたんだろう。ここはどこかな」
「居間の一つらしい、暗くてよく分らないが、あそこからあかりがもれる。雨戸《あまど》か窓か、とにかくあれをあけてみよう」
五井が立ちあがったが、すぐぶったおれた、ロープが彼をひきとめたのだ。
「もうロープの用はない、とこうや」
「よし」
少年たちは、ロープをときにかかった。
「おや、なにか、あやしい音がしているよ、五井君、四本君、六条君、あれは何だろう」
二宮のおびえた声だ。
「あやしい音がするって」
「あれは時計の音だよ、さっきからしているんだ」
かった、かった、かった。
ゆっくりと同じ周期で同じ音がくりかえされている。たしかに時計らしい。
「時計は停っていたはずなのに……」
「さっきの地震のせいで、久しぶりに、動きだしたんだろう」
「ああ、そうか」
ロープをといた、それから五井は、さっき見かけたあかりのさしこむところまで、行ってみた。四本の電灯で、それをよく見ると、となりの部屋との間のすき間らしい。
だが、となりの部屋へは、かんたんに行けそうもなかった。それは、壁がしっかりしているばかりか、ひきあけるにも、何の穴もなかった。つまりここはこの部屋にいる者が、勝手にあけたてするところではなかったのだ。
五井たちはがっかりしたが、なおも希望を捨てずに、この部屋を探しまわった。この部屋は、がらんとしていて、何一つおいていない部屋だった。戸もなければ、襖もない、あるのは厚い壁ばかり、天井は太い木で組合わした格子天井《こうしてんじょう》いったいこの部屋はどこから出入りするのか分らない。
「あ、窓があるよ、あそこにある、空気ぬきかもしれない」
六条の目が、天井に近い隅《すみ》っこに、鉄格子の小さい窓らしいものを見つけた。しかしこの窓からは、あかりがはいってこなかった。鉄格子の外に、窓をふたしているものがあるのだ。
「あれを、叩《たた》きやぶろうじゃないか、するとあかりがはいって来るかもしれないよ」
「よろしい。それでは、元の場所まで行って、階段のこわれたところから、材木でも見つけてこよう」
そのときだった。
とつぜん大きな音をたてて、鉦《かね》が鳴った。かーン。
「あ、なんだろう」
ぎりぎりと音がして、また、かーンとひびいた鉦の音。
四少年は思わず一つところにかけ集った。
久しぶりの報時《ほうじ》
「なあんだ、あれは、時計が鳴りだしたんだ」
「えッ、時計か、ほんとか」
「時計だよ、時計はさっきから動いていた、だからちょうどいいところへ来れば、音をたてて鳴りひびくはずだ」
「三つうったね、三時だ」
「そうだ、三時だ、ほんとうの時間は、今何時ごろだろうか」
「やっぱり三時ごろじゃないかな」
「気味のわるい音だね、この時計台の時計のひびきは……」
そういっているとき、つづいて思いがけないことが起った。
それは、さっき見つけた空気穴らしい小窓《こまど》のふたが、ひとりでに、ぱっとあいた。そしてそこから、さっとあかるい光線がさして来た。
「あ、あの窓があいたよ」
「だれが、あけたんだろうか」
「みんな警戒するんだ、きっと、このあと、なにか起るぞ」
五井が叫んだ。
「ほら、もうなにか起っているよ、そこの壁が動いている」
四本の声だ。
「え、壁が動いているって」
「そうだ、窓の左手の壁だ、壁全体が上へあがって行く」
「あ、そうだ。みんな、うしろへ下れ、危険だぞ」
五井は、みんなを壁と反対のうしろへ下げた。その間にも壁は音もなく上にあがってゆく、そのむこうに何があるのか、あいにく、その奥はまっくらで、何の形もみとめることができなかった。
壁はだんだんあがっていった。天井の中にはいってしまうのであろうか。
やがて、壁はあがり切った。
ことんと音がしたと思ったら、今あがった、壁のむこうの部屋が、急にあかるくなったのだ。どこかに、あかり窓があって、それがあいたものらしかった。
さて四人の少年は、次の部屋に何を見たろうか。
「あッ」
「なんだ、あれは……」
少年たちは、めいめいの心の中に、かねて聞いていた左東左平の妻お峰と娘千草らしい二体の白骨が、寝床によこたわっているという例のものすごい光景を見るのではないかと思っていた。
ところが、その予想ははずれた。
少年たちが見たものは、古ぼけた洋風の実験室らしいものだった。
いくつかの台があり、その上にいろいろの形をしたレトルトやビーカーや蛇管《じゃかん》が、それぞれの架台の上にのっている。たくさんの壜《びん》がある。
古い型の摩擦電気《まさつでんき》を起す発電機らしいものもある。炉《ろ》らしいものもある。ふいごが三つもころがっている。
棚《たな》には、本や薬品の壜らしいものも並んでいる。椅子が一つ横たおしになっている。他の腰掛《こしかけ》は、ちゃんとしている。
壁に、額縁《がくぶち》が一つ、ひんまがって掛っているが、その中には、かんじんの絵がはいっていなかった。いや、はいっていないわけではない。そこにはいっていた油絵らしいものが、切りとってあった。それは肖像画《しょうぞうが》らしかった。
八木君目ざめる
話は、八木のことにもどる。
八木君は、空井戸《からいど》の中にひとりぽっちとなり、心細くなっていた。空井戸の底から上を見上げたとき、井戸の上あたりで、鬼火《おにび》が二つおどっているのを見て、びっくりした。そこまでの話は、前にしておいた。
八木君は、肝玉《きもたま》のすわっている方であった。けれども、青白い鬼火がふわふわと宙におどっているのをこんな場所でしかも心細いひとりぽっちで見物したんでは、あまりいい気持ではない。
「あああァ……」
と、八木君は声をあげて、地下道をまた奥の方へ逃げこんだ。
そこで彼は小さくなって、土の壁にもたれてかがんでいた。恐ろしさに気がつかれ、その上に、ここへはいってからの活動のつかれも一時に出て来て、八木君はいつとも知らず睡りこんでしまった。
それからどのくらい時間がたったか、八木君は知らなかった。
夢の中に、カーン、カーン、と天主教会《てんしゅきょうかい》の鐘がなるひびきを聞いた。大司教《だいしきょう》さまが、盛装《せいそう》をしてしずしずとあらわれた。と、下から清水がこんこんわき出して……。
「あッ、水が出てきた」
八木君は目をさました。
気がついてみると、あたりは水だらけになっている。お尻《しり》も足も、水づかりだ。
なぜ急に、こんなに水が出てきたのか。
八木君は、立ち上った。そして足もとに注意し、耳をすました。水は、だんだんふえて来る様子だ。すこしはなれたところで、どうどうと音がしている。それから水がわいて来るものらしい。
「このままでは、溺《おぼ》れてしまう、なんとかして、水の出るのをとめることはできないかしらん」
八木君は、この期《ご》におよんでも、あわてることなく、冷静を保《たも》っていた。
ざぶざぶと水をわたって、八木君は、水のわいてくると思われるところへいってみた。
あいにく、まっくらで分らない。
彼が持っていた懐中電灯は、いつの間にか水づかりとなって、ボタンをおしてもあかりがつかなかった。
そのくらやみの中で、八木君は足でさぐりながら、出水口の様子をしらべた。
「うむ、すごいいきおいで、水が下からわいてくる。これはきっと、上にタンクがあって、タンクの水がながれこんでくるんだな」
あとで分ったことであるが、これはタンクにたまった水と同じような種類であるが、じつはそれとはくらべものにならないほど多量の水をたくわえているところから、こっちへ流れこんで来たのである。それは泉水《せんすい》の大きな池であった。
そうでもあろう、水のいきおいはもうれつであった。とても水の出口をふさぐことはできないことが分った。たとえ八木君が、自分のお尻をそこへ持っていって、出口を力いっぱいふさいだにしても、一分間ももちきれないであろう。
さすがの八木君も、すこしあわてないわけにはいかなかった。
また、ざぶざぶと水をわたって、空井戸《からいど》の下へ行ってみた。そして上へ向けて「おーイ、おーイ」とよんでみた。
だが、それを聞きつけて、井戸の上に姿を見せた者はひとりもなかった。
(おいてけぼりになって、こんなくらいところで土左衛門《どざえもん》になるのか、いやだなあ、うん、もっと、頭をはたらかせて、逃げ出す道を探そう)
絶望におちいりやすくなった自分の心を一所けんめい激励《げきれい》して、八木君は、はじめいた奥のところへもどってきた。
そこには、上からわずかながらも、あかりが照らしている。開きそうもないが、扉がある。また人だか鬼だか分らないが、頭の上の厚いガラスの板の上を、何者かが歩いているのを見たことがある。八木君は、そこからなんとかして死地を脱する道を発見したいものだと考えた。
はたして、それはうまくいくであろうか。
水地獄
八木君は、もう一度、一番奥の重い鉄扉《てっぴ》のところへいってみた。
いろいろやってみたが、扉はびくともしない。たたけば、こっちの手が痛くなるだけであった。八木君は、あきらめた。
ただこのとき、彼は一つの発見をした。扉の上に、うき彫《ぼ》りになって、牡牛《おうし》がねそべり、そしてその牡牛はこっちを向いて、長い舌を出しているのが、とりついていることだった。八木君は、むりをして、扉の一角に足をかけて、扉の上までのぼってみたのである。
この牡牛のうき彫りが、単なる装飾《そうしょく》であるのか、それとも何か外に意味があるのか、そのとき八木君には答を出している余裕《よゆう》がなかった。
次の手は、ガラス天井《てんじょう》を破ることであった。ガラスはそうとう厚いようであるから、ジャック・ナイフしか持っていない彼に、はたして破れるかどうか、見込《みこ》みはうすかった。
このとき水かさはまして、八木君の乳のあたりから下をひたしていた。いやな思いである。もう五十センチも水かさが増せば、いやでも土左衛門だ。働くのは今のうちだ。
八木君は、ガラス天井の下で、かたわらの土壁へジャック・ナイフをたてて、土を掘りだし、足場を作りはじめた。つまり土壁に、段をつけるのである。そしてその段をのぼって、ガラス天井へ近づこうという考えであった。これはうまい考えであるように見えて、じつはなかなか困難なことであった。せっかく一段を掘り、次にその上の第二段目を掘っていると、水かさがましてきて、はじめの第一段をひたしてしまう。
これは残念と、八木君はそれへ足をかけようとしたが、水がはねて段はずるずるにぬれ、八木君がそれへ上ろうとして力をいれると、とたんに足がすべって、どぶんとその身は濁水《だくすい》の中に落ちてしまった。そして彼は、いやというほど泥水《どろみず》をのまされた。
時間は迫る。
「だんだん苦しくなるぞ、それよりか、泥水の中にすっぽりつかって、早く溺死してしまった方がどんなに楽かしれないよ。君、早く死んだがいいよ」
死神の声であろう。そのことばは、早く楽になるから溺死しなさいと誘惑《ゆうわく》している。
「いやだ、死ぬまでに、まだまだやってみることがあるんだ。お気の毒さまねえ、死神君」
八木君は元気をふるい起して、もう一度あらためて、土の壁に段をきりこんでいった。
やがてそれはできた、
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