ついてみると、あたりは今までのような半くらがりではなく、昼間の光がどこからか、さしこんでいた。そして、そこは板の間だったではないか。
 少年たちは、次々に起きあがった、腕をさすっているのは二宮、腰をおさえて、顔をしかめているのは六条、頭をしきりに振っているのは四本、平気な顔は五井だった。
「これはどうしても、時計屋敷の中だね、表からはいらないで、へんなはいり方をしたものだ」
 五井が、いった。
 そのとおりだった。妙《みょう》なところから、地下を経《へ》て送りこまれたのだ。これも時計屋敷の最初の主人公ヤリウスの秘密の設計なのであろうか。
 あとから考えると、四少年が、こんな裏口の道から時計屋敷の中へはいりこんだことは、むしろ幸運であった。というのは、この時計屋敷の正面からはいりこむことは、たいへん困難なことであった上に、危険がいくつも待っていたのだ。
 裏口の道にも危険な仕掛《しかけ》が用意されてあった。しかし今ではそれがもう役にたたない。仕掛が故障となっているためだった。だから四少年はまず無事のうちに、屋敷内に送り込まれたのである。もっとも、少年たちはそういう事情について全く気がついていなかった。
「奥へ行ってみよう」
「ちょっと待った」と四本がとめた。
「このまま進むことは危険だ。そこでロープでもって、ぼくたちの身体をしばっておいた方がいいと思う。つまりロック・クライミング――岩のぼりのときと同じように、もし一人が危険におちいったら、あとの者がロープをたよりに、助けあうのだ。そうすれば、とつぜん落とし穴へ落ち込むようなことはなくなるだろうと思う」
 この四本の考えは、もっともだったので、他の少年たちも賛成して、たがいの身体を、ロープでしばることになった。
 先頭は五井、次が六条、それから二宮、しんがりが四本だった。そしておたがいを結ぶロープの長さは三メートルとした。そして、危いと思われる場所へかかったときには、その間隔《かんかく》で展開することとし、別に危険がなさそうなところでは、普通に、寄りそって進むことにした。
 こうして、四少年は屋敷の奥へ向かって前進をはじめた。
「たしかに、この屋敷の建て方は、一風かわっているね、間取も、奇妙だ」
 四本が、あたりを見まわして、感じたことをもらした。
「気味がわるいね」
 と、他の少年たちも相づちをうった。
「西洋建築は、普通は、扉で仕切られるようになった部屋の集りで、その部屋の外には、通路として廊下《ろうか》がついている。ところが、この時計屋敷の間取りをみると、そういう扉式の仕切がすくない。原則としてカーテンで仕切ってある。カーテンをひらけば、どの部屋も廊下も、みんな一つのものになってしまう。これはヨーロッパでも、暑い方の国が採用している古風な建築法だよ」
 四本は、おもしろいことをいい出した。
「するとヤリウスという人は、ヨーロッパの暑い方の国の人の血をひいているのかい」
 二宮が、感心《かんしん》のていで、口を出す。
「そうだ、多分ポルトガル人かイスパニア人の血を受けているのかも知れない」と四本はまじめな顔つきをした。
「ところが、あそこなんか、襖《ふすま》がついている。奥には障子《しょうじ》のはいっているところもある。これはきっと、この屋敷を左東左平が買ったあとで、手入れしたものらしいね」
「なるほど、イスパニア式では、日本人は住みにくくてしかたがなかったんだろう」
 五井が、うなずいて、いった。
「だから、これからの探険では、今いったことを頭において、よく注意をはらっていくのがいいと思うね。そして左東左平が手をつけたところは、まず、安全だと思っていいし、ヤリウスがやったままの部屋などに対して、十分注意したほうがいいと思うね」
 四本は、さすがに目のつけどころがよかった。

   時計塔への道

「それでは、今日の目標第一は、時計塔として、塔の頂上まであがってみようじゃないか」
 五井は、一同の顔を見まわした。
「ああ、行こう」
 少年たちは、武者《むしゃ》ぶるいした。
「すると、塔へあがる階段を見つけるんだ。行こうぜ、いいかい」
「いいとも」
 前進を開始した。
 かびくさい部屋をいくつか通った。
 色のさめたカーテンに手をかけると、紙のようにベリベリとさけた。そして頭上からどっと何十年の埃《ほこり》が落ちて来た。少年たちは、そのたびに息がつまった。
 そのうちに、大きな部屋に出たと思ったら、そのむこうに階段がみえた。螺旋《らせん》形に曲った広い階段で、その真中には赤いジュウタンがしいてあった。そのジュウタンのふちは黒であった。
「ああ、あれだ、時計塔へのぼる階段は――」
 少年たちは階段の下へかけつけた。
「気をつけてのぼるんだぜ、ちゃんと間隔をとって登ろう」
 そこで四少年は、ロープの間隔をおいて、五井から順番に階段をのぼりはじめた。
 やがて五井が、階段を中二階までのぼり切った。そのとき、しんがり四本が、階段の第一段に足をかけた。
 この階段は、まず異状がなかった。
 次は、中二階から二階へあがる階段だ。これは今までの半分位の短い階段だった。先頭を五井がのぼる。
 がたん。
 大きな音がして、「あっ」と五井の叫び、五井の身体は、階段の中ほどに、とつぜん開いた穴の中へもんどりうって消えた。
「あっ、しまった」
 六条が前にのめる。
 二宮が、うわッといって悲鳴をあげる。
「うぬッ」と、しんがり四本が顔を真赤《まっか》にして、そこへ伏せる。「みんな、その位置を動くな」
 幸いにも、五井は救いだされた。他の三名が、早く身体を伏せたからよかったのだ。
「ああ、ひやっとした。いったいこの屋敷には、落とし穴がいくらあるんだろう」
 五井は、落し穴からひっぱり上げられると、にこにこ笑いながらいった。彼は、ようやくこの種の冒険になれて、もう大しておどろかなくなったらしい。
 他の少年にも、危険とたたかう自信ができたようだ。このようなやり方で、少年たちは階段を一つ一つ征服していった。
 階段は上になるほど狭くなり、そして粗末《そまつ》になった。もうジュウタンなんか見られなかった。板ばりに塵埃《じんあい》や木の葉がたまり放しであった。だがそこにも落とし穴が二つも仕掛けてあった。
「なるべく階段の端《はし》を通った方がいいようだ、まん中を歩くと、落とし穴の仕掛が働くらしい」
 四本は、早くも階段の秘密を見ぬいた。
 いよいよ時計塔の中へ、先頭の五井は足をふみこんだ。階段はいよいよ狭くなり、人がひとりやっと通れるくらいだ、そして天井は高いが、室内はまっくらであった。懐中電灯の光をたよりに、あがっていくよりほかなかった。
 その光の中に、複雑な機械が、照らしだされた。今はもう死んだように動かなくなったこの時計屋敷の大時計の機械らしい。少年たちは、今こそ古い秘密と向かいあったのだ。

   高い天井

「みんな、心をしっかりもっているんだよ」
 先頭にすすむ五井が、うしろの連中に、最後の注意をあたえた。
「うん、大丈夫だよ」
「心配するな」
「ほんとに、おちついて、しっかりしてくれよ、どんなお化けが出たって、こわがってはだめだよ」
「こわがるくらいなら、ここまで来やしないよ」
「そうだ、そうだ」
 みんな、いせいのいいことをいう。しかしみんなの声は、気のせいか、すこしふるえをおびていた。
 五井が合図《あいず》に、綱をひいて、それからむこうを向いて、せまい階段をのぼりだした。なにが、この時計台の上に待っているだろうか。
 四少年の影法師が大きく壁にゆらぐ、みんなの足音が、気味わるく反響する。
 ふいに、頭の上にばたばたと音がして、こっちへとびついて来たものがある。
「あッ」
「出たぞ」
 大きな鷲《わし》のような影が、壁にうつった。
「コウモリだ。心配するな」
 一番下にいる四本が、声をはげましていった。
「なんだ、コウモリか」
 五井が持っていた竹の杖《つえ》をぴゅうぴゅうふりまわす。すると、さわぎはさらに大きくなった。コウモリは一ぴきではないらしい、四五ひきはとんでいるようだ。
「コウモリがいるくらいなら、あとは大したものがいないだろう」
 四本が、そういった。
「ほんと、きっと、外に何にもいないんだね」
 四本の前の二宮が、ふりしぼったような声でたずねた。
「まあ、多分そうだろう。しかし五井君の方を注意していた方がいいよ」
「ああ、そうだ」
 二宮の足は重いらしく、四本のすぐ前で立ち停《どま》りそうな足どりである。
「上まで来たよ、何にも出てこないや」
 五井の声が、上の方で安心したような響きをつたえる。
「えッ、何にも出てこないか、ふーん」
 二宮はほっとして、階段に腰を下ろしてしまった。すると四本がそばへよって来た。
「おい二宮君、このいきおいで、早く上まであがってしまおうよ。のぼりたまえ」
「え。いいじゃないか、上には何にもないと、五井君がいっているもの」
「じゃあ、君はここにいたまえ、ぼくは上までのぼる、ロープはといてしまうからね」
「う、待った。ロープをといちゃいけないよ、ぼくも上へのぼる」
 四人はついに上までのぼった。
 そこは、時計の機械のまうえになっていて、二メートル平方ほどの板の間になっている。上を見上げると、煙突《えんとつ》の内側のようになって、まだ五六メートルの空間が少年たちの頭上にあった。電灯をその方へさしつけてみたが、天井のあることと、そのまん中あたりに、鎧《よろい》でもぶら下げるためにつけてあるのか、大きな鈎《かぎ》が一つ見える。その他ははっきり見えない。
「あそこまでのぼってみるのが本当なんだけれど、どうする」
 五井が、頭の上をさしていった。
「ぜひ、みたいものだ、しかし、下から長いはしごを持って来る必要があるね」
 六条が、そういった。
「ぼくは、時計台の天井は調べる必要はないと思う。だって、あの上は建物の外へ出るだけだからね。それよりも、時計の機械を調べたいね。なぜ、そして、どうして、この時計は停ってしまったのか、それを知りたいね」
 四本が、こういって、反対の説をもちだした。
「時計のことよりも、この屋敷へはいって行方不明になった北岸さんなんかの安否《あんぴ》を調べるのが第一の目的なんだから、やっぱり時計台の天井までのぼって、そのへんに何か隠《かく》れ穴《あな》でもないか、調べた方がいいよ」
 五井は、六条が同意したので、あくまで天井を調べたいといいはった。
「じゃあ、手分けをしてやればいいよ。君たち二人は天井を調べ、ぼくと二宮君は時計の機械を調べる」
「さんせい、ぼくは時計の方だ」
 二宮が叫んだ。
 そこで四人は、二手に分れることになったが、まだロープをとくところまでいかない前に、とつぜん意外なことが起こった。
「あ、地震らしいぞ」
「うん、これは大きな地震だ」
「あ、こんなところにいては、あぶないね」
 がたがたと、四少年のいる板の間は大きくゆれだした。天井からは、土のようなものがばらばら落ちて来た。時計の金具《かなぐ》が、ぎしぎしきしむ。四少年は、たがいに抱《だ》きあって、ゆれがおさまるのを待とうとしたが、そのとき板の間がめりめりと音をたてて、ぐらりと傾《かたむ》いた。
 あっという間に、四少年は、傾いた板の間からすべり落ちて、下へ墜落《ついらく》していった。さっきはちゃんとしていた階段が方々ではずれていたので、少年たちはどこまでも下へ落ちていった。

   地震が奇縁

 そのままでは、少年たちは下で頭をぶっつけて死ぬか重傷を負うか、どっちかであったろう。
 だが、幸運というのか何というか、途中で、階段が裏がえしになって、斜めに空間にひっかかっていたのにぶつかった。そしてそれにぶつかったはずみに、すぐ前の壁の穴の中へずるずると滑《すべ》りこんだ。
「あッ」
 身体の平衡《へいこう》をとりもどすひまもない。一同は、はずみのついたボールのように、もんどりうってくらがりの闇《やみ》の中へ叩きつけられたが、幸いにもそこは身体にや
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