この八木が語ったから井戸の話は、他の少年たちをおどろかせた。
「へえーッ、なんだろうね、そのから井戸は……。あやしい井戸だ。調べてみようじゃないか」
「その井戸の中へ下りて行けるのじゃないかしら、きっと抜け道かなんかあるんだよ」
「じゃあ、これからみんなで行って、調べてみよう」
 そこで相談がきまり、五人の少年探偵は、雑草を踏みわけて、問題の洞穴へはいっていった。

   から井戸の中

 穴の中は、どこからともなく光線が流れこんで来て、うすぐらいが、ものの見わけはついた。
「ここにあるんだ、から井戸は……」
 八木が立止って指した。なるほどそこはすこし壁がひっこんでいて、から井戸らしいものがあった。少年たちは、おそるおそる中をのぞいたり、聞き耳をたてたりした。
「中はまっくらで、何も見えない」
「何の音もしてないね。地獄の穴みたいだ」
「いや、地獄なら鬼や亡者《もうじゃ》がわいわいさわいでいるから、にぎやかなんだろ」
「そうじゃないよ、地獄といっても、いろいろ種類があるなかに、無限地獄《むげんじこく》というのは、底がない、つまりずっと深いのだ。そして一度落ちると出てこられない。あたりは、しーンとしている。このから井戸は、無限地獄によく似ているよ」
「まあ、そんな話はどうでもいい、こういうものを発見した以上は、ぼくたちはこの井戸を下りていって、中を探偵しようじゃないか」
「うん、それがいい」
「よし、やるか。やるなら、下へ綱《つな》を下ろそう。その綱の端《はし》を、どこかしっかりしたところへ結びつける必要がある。ああ、これがいい、ここに鉄の棒《ぼう》が出ているから」
 その鉄の棒は、塀をつくるときに、骨組《ほねぐみ》としていれたものであったらしい。それに少年たちが持ってきた綱を結びつけ、それから綱をおそるおそる井戸の中へたらした。
「下へついたか」
「うん、まだまだ。……あっ、今、綱の端が下についたらしい、ずいぶん深いね。十五メートルぐらいある」
「深い井戸だなあ」
「さあ、誰が先に下りるか」
「よし、ぼくが下りる」
 そういったのは八木だった。彼は探偵長だったから、自分が一番はじめに下りるのがあたり前だと思った。
「大丈夫かい、入る前に、よく中を見た方がいいんだが、懐中電灯を紐《ひも》にぶら下げて、中を見ようか」
「いや、そんなことをしたら、悪いやつに見つかるかもしれないよ。どうせ下りるなら、くらがり井戸をそっと下りて行く方がいいと思う」
 八木はそういった。
「よし、君の好きなようにしたがいい、そのかわり、もし危険を感じたら、この綱をゆすぶるんだよ。それが信号さ、SOSの危険信号さ。するとぼくたち四人は力をあわせて、すぐこの綱を引張《ひっぱ》りあげるからね、君はしっかり綱につかまっているんだよ」
「うん、分ったよ、それじゃ頼むよ、では、ぼくは井戸の中へはいってみるよ」
 八木少年は、もうかくごをきめて、綱を握り、身体をまかせた。しずかに、そろそろと綱を伝わって下りていく。
 ひえびえと、しめった井戸の冷たさが、八木のくびのあたりを襲《おそ》った。ますます暗い、五メートル、十メートルと下りていくにつれて心細さがわく。
 しかしもう決心したことだから、途中でもって、「この綱をひき上げてくれ」などと弱音《よわね》があげられたものではない。八木少年は、自分の心をはげましながら、なおもするすると、から井戸を下りていった。
「あッ」
 いきなりあたりがうす明るくなった。それとほとんど同時に、八木の足は下についた。
 さあ、ここはどんなところかと、八木少年は、すばやく身構《みがま》えをして、ぐるっと四方八方をにらみまわした。そこは一坪ばかりの円形の穴倉《あなぐら》になっていた。そこから一方へトンネルがつづいていた。
(どこへつづいているトンネルだろうか)
 分らない、その奥のことは。

   ガラス天井《てんじょう》

 八木少年は、すかしてみたけれど、奥はほの明るいだけで、はっきりしたものの形は見えない。
(あの明るさは、どこからさしこんでいる明るさだろうか、あそこまで行けば、もっとこのトンネルの中のことが分るかもしれない)
 そう思った八木は、とことことトンネルを歩きだした。
 行きついてみると、その明るい場所は、トンネルの曲りかどになっていた。明りは右手からさしこんでいる。その右手をのぞきこむと、扉があった。
 その扉は、さびた鉄の扉だった。
 ハンドルがついていたので、それをにぎって、扉をあけようと、いろいろやってみた。しかし扉はびくともしなかった。さびついているのかもしれない。
(この扉があくと、きっと、おもしろいことが分るんだろうが、ざんねん……)
 そのときであった。八木の立っているところが、急に光がかげったように暗くなった。
「おや」
 と、八木は上へ仰向《あおむ》いた、光は天井からさしていたので、それがどうして暗くなったのかと上を見たのだ。
「おお、あれは何だ……」
 八木少年の頭上五メートルばかりのところに、あついガラスをはめこんだ細長い天井があった。そのガラス天井は、よごれてくもっていたが、そのガラス天井の上を、黒い楕円形《だえんけい》のものがゆっくりと動いているのであった。
「ふしぎなものを見つけた……」
 おそろしいことはおそろしいが、すばらしい発見だ。
 なおもよく見ていると、その黒い楕円は二つあって、一方が動いているときは、他方はじっとしている。そしてたがいちがいに動く、その二つの楕円全体が、もっと大きい円形のかげで包まれている。
「あッ、そうか。ガラス天上の上を、人間がそっと歩いているんだ」
 八木は、その謎《なぞ》をといた。
「しかし、あれはいったい誰だろうか」
 ガラス天井を破って、上へあがって、あれが何者であるか、顔を見たいと思ったが、天井を破ることはできない。どうしたものかと考えこんでいるとき、どこからか、異様《いよう》なうなり声を聞いた。それは猛獣が遠くで吠《ほ》えているようであった。わわわンわわわンとトンネルへひびいた。
「なんだろう」
 八木は猛獣がこのトンネルへどこからかはいりこんだのではないかと思った。それならたいへんである。彼はもと来た方へどんどん駆けだした。
 やっと、から井戸の下までもどりついた。上から綱がたれている。八木はその綱をにぎると、左右へはげしくゆりうごかした。
 上では、これを危険信号とさとって、すぐさま八木を綱ごと上へ引張りあげてくれるはずの約束だった。
 ところが、綱はしずかに左右にゆれているだけで、引張りあげられるようすはなかった。
「どうしたんだろう」
 八木の心臓はとまりそうになった。
 見上げると、から井戸の上はぼうと明るい。友人たちが、そこからのぞいていれば、その顔が見えなければならないのであった。ところが、誰の顔も見えない。
 八木は不安になって、下から上へ声をかけた。声はわわわンと上へ伝わっていったが、仲間の顔はいつまでたっても出ない。
「へんだなあ。上じゃ、どうかしたんだろうか。どこへいったんだろうか」
 八木は、この上は一刻もこんなところに待っていられないと思った。なにがなんでも、この深さ十五メートルの綱をよじのぼって、から井戸の上へ出なくてはならないと思った。しかし十五メートルも高いところをうまくのぼれるかしらん。
 八木は綱を見つめた。
「えいッ」
 彼は綱にとびついた。
 と彼はどすんと尻餅《しりもち》をついた。いやというほど椎骨《ついこつ》をうった。それと共に大きな音がして、上から綱がどしゃどしゃと落ちて来て、彼の上にのしかかった。
 せっかくの頼みに思う綱が、どうしたわけか、上の方ではずれて、落ちて来たのだ。さあたいへん。もうここから井戸を出ることができなくなった。彼は困りきって、うらめしそうに井戸を見上げた。そのときであった。井戸の上に、うす青い鬼火が二つ、何に狂うか、からみ合いつつおどっていた。八木少年は「うん」と呻《うな》って、気絶《きぜつ》した。

   怪音

 井戸の外で、八木少年を待っていた四人の少年探偵は、いったいどうしたのであろうか。それを語るには、すこし以前にかえらなくてはならない。
「どうしたんだろう、八木君は、おそいじゃないか」
「もう引返《ひきかえ》してこなければならないのに、へんだねえ。呼んでみようか」
「うん、呼んでみよう」
 そこで六条、五井、四本、二宮の四人が、井戸の中に頭をさしいれて、
「八木君、早くかえっておいでよ」
 と、声を合わせて叫んだ。
 そのあと、四名の少年は、中から八木の返事がもどって来るかと、耳をすまして聞いていた。するとその返事はなく、そのかわりに、うしろの方、つまりトンネルの入り口の方で、あっはっはっと大声に笑う者があった。それにつづいて、重い金属性の大戸が、がらがらッと引かれるような音がしたのだ。
 四少年は顔を見合わせた。
「あの音は、なんだろう」
「時計屋敷の玄関の戸がひらいたんじゃないかしらん」
「笑ったようだね、誰だろう」
「村の衆《しゅう》かもしれない、早く行ってみよう」
「よし、みんな走れ」
 どやどやと、四少年はトンネルを逆に走った。そしてやがて、すぐむこうに、トンネルの口を通して、まぶしい日光をあびた外の景色が見えるところまで来たと思ったら、
「あッ」
「うわッ」
 と、四少年はめいめいに叫び声をあげて、地上から消えた。
 いつの間にできたものか、トンネルの道の一部が、大きな穴になっていたのだ、四少年は重《かさ》なりあって穴の中に落ちた。
 がらがらがらッと、重い金属製の戸が引かれる音を再び耳にした。しかしこんどは、四少年の頭上はるかのところにおいてであった。
「おい、けがをしなかったか」
「ぼくは大丈夫、君はどうだ」
「ぼくは腰の骨をいやというほど打って、涙が出たよ、ぼくたちは、落とし穴へ落ちたんだね」
「そうらしい、やっぱり時計屋敷はすごいところだね」
「早く穴から出ようじゃないか」
「いや、だめだ。あれを見たまえ、大きな鉄の格子戸《こうしど》が穴の上をふさいでいるよ」
 さっきは見えなかったが、くらがりにようやくなれた今の目で見上げると、なるほど四本のいうとおり、穴は鉄格子でふさがれていた。
「困ったね。どうしたらいいだろう」
「八木君が助けに来てくれるといいんだが、八木君はどうしたろう」
「さあ、どうしたかなあ、また声を合わせて、呼んでみようか」
「叫ぶのはよしたまえ、こうしてぼくたちが落とし穴に落ちたのも、さっきぼくたちが、あんまり大きな声を出したから、それで落とし穴を用意されたように思うんだ」
 五井が、そういった。
「ああ、そうか、で、誰が落とし穴を用意したというの」
「ぼくらの敵だよ」
「時計屋敷の幽霊のことをいっているの」
「幽霊だか何だか知らないけど、とにかく時計屋敷に住んでいる怪《あや》しい奴《やつ》が、ぼくたちの敵さ」
 幽霊をはじめから信じない常識家の五井がそういった。
「しようがないね、その敵のため、ぼくたちははじめから捕虜《ほりょ》になってしまって……おや、へんだね、足許《あしもと》がゆらいでいるじゃないか」
「あっ、動いている。地震らしい」
「地震じゃないだろう。ぼくたちは、なんか動くものの上に乗っているんだ」
「あ、そうか、どこかへはこばれていくんだな」
 その先は、どこへ? 四少年は、たがいにしっかり抱きあって自分たちの運命を待っていた。

   かびくさい室

 その動くものは、たしかに大きな動力で動いているらしかった。
 ごっとんごっとんと、重いひびきが地底からひびいてくる。
 そのうちに、足の下が急に傾《かたむ》いた。ざらざらと土砂《どしゃ》が一方へ走る。
「しっかり、気をつけろ」
 と、五井が叫んだが、そのときには、足の下は急角度に傾き、四少年はずるずると滑《すべ》ってからだの中心を失った。
「あッ、落ちる」
 どすんと投げだされた。次々に投げだされた少年たちだった。びっくりして、呼吸がとまった。が、気が
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