、二度と外へ出てこられなくなるのはなあ」
村人は、そういって警官に同情した。
だが、この村にも、こんなおそろしがりやばかりではなかった。
「ねえ、時計屋敷の中で、北岸のおじさんなんかが、幽霊につかまって、捕虜《ほりょ》になってしまったというけれど、おかしいじゃないか。そんなことが信じられるかい」
そういったのは、村の小学校の金棒《かなぼう》の下に集まった少年たちの中の一人だった。いや、この少年こそ、この物語のはじめに出て来た八木音松少年だった。
音松は、おばあさんから時計屋敷の昔ばなしを聞いて、あの怪物屋敷にたいへん興味をおぼえるようになった。それ以来、彼は時計屋敷についてのいろいろな話に聞き耳をたてていたのである。音松は、はじめは時計屋敷がおそろしくてたまらなかったが、だんだん話を聞いて、その一つ一つのことを冷静に自分の頭で、ほんとうかどうかと判断して行くうちに、彼は時計屋敷がそんなにおそろしくなくなった。そして時計屋敷の秘密と取組んでやろうと決心したのである。
「幽霊なんて、話に聞いただけで、見たことがないから、信じられないや」
と六条君がいった。
「ぼくも信じないよ、幽霊だのお化けだの、そんなものが今の世の中にいてたまるかい」
五井少年が、力んでいった。
「ぼくたち人間の科学知識は、まだ発達の途中にあるんだから、もっと先になって、幽霊やお化けがあるってことが証明される日が来るかもしれない」と四本君がとくいのむずかしいことをいい出した。「しかしだ、たとえ幽霊やお化けが今実在するにしてもだ、その幽霊やお化けは、かならずぼくらの習っている物象《ぶっしょう》の原理にしたがうものでなくてはならない」
「四本君のいうことはむずかしくて、わからないや」
と、二宮少年が手をふった。
「いや、ぼくのいっていることはちっともむずかしくないよ。つまりここに一人の幽霊がまっすぐに立っているとなると、その幽霊は、やはり重力の作用を受けているにちがいないし、また空気の中に立っているんだから、幽霊の体積にひとしい空気の重さだけ幽霊のからだが軽くなっているはずだ。つまり浮力に関するアルキメデスの原理は、この幽霊にもあてはめられなくてはならない」
「おもしろいことをいうね、ははは」
音松は、腹をゆすって笑った。
「ちっともおもしろくないよ、幽霊の力学の話なんか、北岸のおじさんなんかの、行方不明事件のほうはどうするんだい」
と、二宮少年が、顔を赤くして叫んだ。
「二宮は、ぼくのいうことをしまいまで聞かないで怒るから困るよ、つまりね――」
「つまり――はもうたくさんだよ、四本君」
「いいや。ここはどうしてもつまりといわなくちゃね、つまりぼくのいいたいことは、幽霊でもお化けでもすこしもこわいことはない。奴らも、物象学にしたがわなくてはならないのだから、物象学をよく勉強しているぼくたちは、少しもこわいことはない。すなわち幽霊にあったら、幽霊の浮力を観察すればいいんだし、鬼火が出れば、それは空中から酸素をとって燃えているにちがいないんだし、こういう風に、おちついて幽霊をだんだん観察していくと、幽霊がどんなことをする能力があるかが分る」
「むずかしいね」
二宮少年は顔をしかめる。
「むずかしいことはないさ、そういうわけだから、ぼくたちは幽霊をおそれずに、時計屋敷の幽霊に会って、はたして幽霊が北岸のおじさんたちをかくしたかどうか、それを推理すればいいじゃないか。さあ、みんなで、時計屋敷へ行こう」
「さんせい!」
「ぼくも、行くよ」
「なあんだ、行くなら行くと、それを先にいえば、ぼくは文句なんかいやしなかったんだ」
二宮少年はむずかし屋の四本君が、自分と同じく時計屋敷探険を強く主張していることを知って、そういって笑いだした。
嵐の声
五人の少年探偵団ができあがった。
団長は、選挙の結果、八木音松がつとめることになった。
さっそく団長が、あいさつをすることになった。
「第一に、みんなのまもらなくてはならないことは、幽霊や化け物をおそれないで、四本君のいったように、おちついて観察し、その正体を見きわめることです。第二に、ぼくたちは協力し、団結しましょう。捜査にあたってばらばらになって、自分の好き勝手をすると、成績があがらないでしょう」
「そうだ、そうだ」
と、二宮少年がこうふんして叫んだ。
「それから第三に、ぼくらが探偵となって時計屋敷の捜査を始めたということを、ぜったいに他の誰にも知られないようにすること」
「あら、いやだ。すっかり聞いてしまったわよ」
ふいに、うしろで女の子の声がした。五人の少年探偵がおどろいて、声のした方をふりむくと、一人の女生徒がにやにや笑って立っていた。
「あ、吉見カズ子ちゃんか、困ったなあ、もう秘密が他へもれちゃったか」
八木団長は、大きくため息をついた。
「いいじゃないか、カズ子さんなら、秘密をまもってくれるよ、だってカズ子さんのお父さんも、あの行方不明になった一人なんだからね」
六条君がいった。[#「いった。」は底本では「いった」]カズ子は、副班長として時計屋敷の掃除にはいっていった吉見勤《よしみつとむ》の娘だった。
「ええ、あたしは秘密をまもりますわ、そしてお礼を申しますわ、お父さまたちを探し出してちょうだいね。また、あたしたち女の子に手つだうことがあったら、喜んで手つだいますわ」
「うん、またたのむかもしれないけれどね、とにかくぼくたちのことは、だまっているんだよ」
八木団長は、そういって、カズ子に念をおした。
さて少年たちは、午後二時に、学校がひけると、一度家へかえったあとで、そっと家をぬけ出して、集合所の鎮守《ちんじゅ》さまの境内《けいだい》へ急いだ。
午後二時二十分に、五人の少年探偵は、せいぞろいをすることができた。
「じゃあ、いよいよ出かけよう、今日は、時計屋敷の中へはいっても、時計の塔までのぼれば、それで今日の仕事はすんだことにして、すぐ外へ出よう、ねえ」
団長の音松は、そういった。
「それじゃ、あっけないね、せっかく探偵にはいるんだから、もっと調べようよ」
二宮は、不満を顔に出して、そういった。
「いや、そうしないで、あまり屋敷の中で、ながいことをやると、北岸のおじさんみたいに、おとし穴かなんかに落ちてしまうんだ」
「おとし穴だって、音ちゃんは、おじさんたちが、おとし穴へおちたと思っているのかい」
六条が、たずねた。
「そうかもしれないと、ぼくは思っているんだがね、とにかく、屋敷の中へはいってから出るまでに、あやしいことを見たり、あやしい音を聞いたら、よくおぼえておいて、外へ出てからあとで、よく話しあって、研究をしようや」
「そういう用心ぶかいやり方は、たいへんいいと思うね」
六条が、さんせいした。
五人の少年は、屋敷の中で、もし危険な目にあったら笛をふくことにきめ、それぞれ音色のちがった笛をポケットにもっていた。これはかねて、うしろの山登りをするときに少年たちが利用している呼び子の笛であって、どの音色が誰の笛か、それはよく知っていた。
六条は、自分がこしらえた短波の無電器械をさげていた、それはべんとう箱を四つあつめたぐらいの大きさで、大して重くなかった。
いよいよ鎮守さまの境内を出て、五人の少年がかたまって時計屋敷の塀のそとへついたのは午後二時五十分であった。
急に黒い雲が太陽をさえぎったために、日がかげった。そしてどこからともなく冷っこい風が起って、少年たちのえりくびを吹いた。少年たちは、ぞっとしてくびをちぢめた。
時計台のある怪屋敷は、崩れかけた塀を越した向こうに、何かものをいい出しそうに立っている。時計台の時計の針は、あいかわらず二時を指したままだ。
勇ましいことをいって、ここまではやって来たが、なんだか急にうす気味が悪くなった。天候がにわかに変って、嵐もようになったのも、その原因の一つにちがいない。
「さあ、元気を出して、はいろうぜ」
八木のうながすような声に「うむ」と返事をした。八木はつかつかと、崩《くず》れた塀《へい》のところへ進み、手をかけてその上にのぼった。そうしてうしろを向いておいでおいでをすると、塀を内側へとびおりた。
それを見て、残りの四名の少年探偵も、やはりこれまでと覚悟をきめ、つづいて塀によじのぼり、それから塀の内側へとびおりた。
「おや、八木君はどこへいったんだろう、先へおりた音ちゃんが見えないじゃないか」
「あれッ、へんだね、もう八木君は、時計屋敷の幽霊につかまっちゃったのかな」
「いやだねえ」
八木音松の姿は見えない。彼がひとりで先に塀をおりたあとで、いったいどんなことが起ったのであろうか。
二人の八木君
「困ったねえ、八木君がいないと、あとの探偵はできやしない」
「そんなことよりも、早く八木君を助けてやろうよ、きっと時計屋敷の幽霊につかまったんだよ、早く助けないと、八木君は殺されてしまう」
「困ったね、しかしへんだね、ぼくたちより、たった一足先へとびおりたのに、もう姿がみえないんだからね」
四人の少年は、塀の内側にからだをよせて、心配している。
「おうい」
とつぜん頭の上で呼ぶ者があった。
「あっ!」
四人が、声のした高塀《たかべい》の上へ目をあげると、なんというふしぎ、塀をのり越えて八木音松が下りて来た。
さっき、まっ先にこの塀をのり越えた八木だった。姿が見えなくなる。と、またもや八木が、塀をのり越えて下りて来た。さっきの八木と、今下りて来た八木と、八木が二人居る。いったいどっちの八木が、ほんとうの八木であろうか。ほんとうでない八木君は、幽霊か、化けものかであろう。ああ、気味がわるい。
「おい、君たちは、なんだって、へんな顔をして、だまりこんでいるんだい」
と、八木がたずねた。
「だって……だって、君は幽霊じゃないのかい」
「なんだって、ぼくが幽霊だって……」
「だってさ、先に一人、君と同じ姿をした少年が塀を内側へ下りたんだ。つづいてぼくたちが下りてみるとね、その少年はいないのさ、ふしぎに思っていると、今君が塀の上から声をかけて下りてきた」
「うふ、わははは」
と、八木は笑った。
「なにがおかしい」
「だって、はじめの八木少年も、あとから塀をのぼって来た少年も、どっちもぼくだもの、顔を見れば分るじゃないか」
「だってさ、はじめの八木少年は姿を消してしまったんだもの、あやしいじゃないか」
「ああ、それはこういうわけだ。ぼくは、一番先に塀を下りた。すると、そこに小さな洞穴《どうけつ》があいていた、ほら、見えるだろう、あれだ」
と、八木は、くずれた塀の内側に小さい洞穴があって、入口を、雑草がしげってなかばかくしているのを指した。
「あの洞穴へはいって見たんだ、するとね、だんだん奥がふかくなって、道がまがってついている。その道のとおり歩いていると、ぽっかりと塀の外へ出たんだ」
「へえーッ、塀の外へね」
「そうなのさ、だからもう一度、塀をよじのぼって、こっちへ下りて来たんだ」
「なあんだ、そんなことかい、ちょっともふしぎでも怪事件《かいじけん》でもないや」
「ぼくたちは、時計屋敷がおそろしいところだと思いこんでいたので、こわいこわいが、今みたいに、二人の八木君を考えることになったんだよ」
「そんな風に、ぼくたちの頭がへんになるということは、もう時計屋敷の怪魔《かいま》のためにぼくたちがとりこになっていたしょうこだよ、いやだね」
「そうじゃないよ、ぼくらの神経がちょっとへんになっただけのことさ、こんな塀なんか普通のくずれた古塀だよ」
「いや、へんなことがあるのさ」
と八木は顔をかたくしていった。
「あの洞穴の中にはいっていくとね、井戸みたいな穴があるんだよ。垂直に掘ってある穴だ、井戸かと思って、ぼくは中へ石を落としてみた。ところが、ぽちゃんともどぶんとも音がしない。だから井戸ではなくて、水のないから井戸だと分ったが、どうしてあんなところにから井戸が掘ってあるのか、ふしぎだねえ」
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