入っても、調べを続けることにした。しかしそれは最早《もはや》八月八日分の日記ではなくなるから、ここで擱筆《かくひつ》する。


     6


 それからまた十年たった。五十×年八月八日となった。この日の日記は、従来の慣例を破って、遂に金博士の許《もと》へ届けられなかった。そのわけは、政府が突然、全国的に、通信杜絶《つうしんとぜつ》を号令したからである。
 その理由は?
 その理由は、そのときには何のことだか、全く分らなかったが、それから一年半ほどたって、漸《ようや》くぼんやりしたその輪郭《りんかく》だけがわかった。それは白人帝国《はくじんていこく》が、ひそかに抱合兵団《サンドイッチへいだん》をもって、わが国攻略を狙っているという情報が入ったため非常警戒となり、遂に通信|厳禁《げんきん》となった由《よし》である。
 しからば、その抱合《サンドイッチ》兵団とは、どんなものであるか。それが分っていれば、政府もそれほど狼狽《ろうばい》する必要はなかったのである。分らなかったから、騒ぎが大きくなったのであった。その抱合《サンドイッチ》兵団のことは、次の日記において、初めて全貌《ぜんぼう》が明瞭《めいりょう》となるであろう。


     7


[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
六十×年八月八日 最小限生活に追いこまれあり、食慾ことの外《ほか》興奮して、治《おさ》めるのに困難を感ず、非常時ゆえ、仕方なけれど……。
[#ここで字下げ終わり]
 前夜から、われわれは、リュックサックを肩に負い、必死で、縦井戸《たていど》を登攀《とうはん》しつつあるのであるが、老人である私には、腕の力も腰の力も弱くて、一向はかがいかない。一時間もかかって、やっと五メートル登るのがせきのやまである。
 しかも、気をゆるめていようものなら、下から上って来た乱暴な市民のため、われは邪魔扱《じゃまあつか》いにされて、まるで壁にへばりついているやもりを叩きおとすように、われ等の身体は奈落《ならく》へ投げおとされるのである。
 奈落へ墜落《ついらく》すれば、どっち道、死あるのみである。岩かどに頭をぶっつけるか、そうでなくて死にもせず、元の極楽地下街まで墜《お》ちついたとすれば、そこには白人帝国軍の地底戦車隊《ちていせんしゃたい》が待っていて、たちまち身はお煎餅《せんべい》の如く伸《の》されてしまう
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