寄せたりするわけにいかんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあ、仕方がない。ここから君たちの冥福《めいふく》を祈っているよ。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》!」
「おい、そんな薄情《はくじょう》なことをいうな。おーい、何とか助けてくれ。あ、電話を切っちゃいかん。……」
といっているとき、大音響《だいおんきょう》と大閃光《だいせんこう》とに着飾って好《この》ましからぬ客がわれわれの頭の上からとび込んできたのであった。それ以来、私は人事不省《じんじふせい》となり、全身ところきらわず火傷《やけど》を負ったまま、翌朝《よくちょう》まで昏々《こんこん》と死生《しせい》の間を彷徨《ほうこう》していたのである。
4
それからまた十年たった。
今日は八月八日である。金博士へ対して、約束のとおり、第四回目の日記を送ることになった。次に示すのは、その日記のうつしである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
三十×年八月八日 室内温度、湿度、照明度すべて異状なし 配給も正確なり
[#ここで字下げ終わり]
本日は、地下千メートルを征服し、現在われわれの棲《す》んでいるこの極楽《ごくらく》地下街建設の満三ヶ年の記念日であるので、ラジオは朝から、じゃんじゃんと楽しい音楽を送ってくる。
あれからもう三年たったか。
われわれ人類も、空爆の威力《いりょく》に圧《お》されて、だんだんと地底深く追いやられたが、初めはせいぜい地下二百五十メートルが人類の生活し得る限度で、それ以上になると、とても暑くて、生活は出来ないし、構築物《こうちくぶつ》ももたないといわれたものであるが、そうかといって、地下四五百メートルにまで達する深度爆弾《しんどばくだん》の餌食《えじき》になるのを待っていられないため、必死の耐熱建築の研究に国立研究所を動員し、遂《つい》に不可能と思われたる難問題を解決し、三年前にこの輝《かがや》かしき極楽地下街の完成を見たわけである。
私は、食事を済ますと、すぐさま圧搾空気軌道《あっさくくうききどう》の管《くだ》の中に入り、三分四十五秒ののちには、記念祝賀会場たるネオ極楽広場の人混《ひとご》みの中に立っていた。
梁首席《りょうしゅせき》の巨躯《きょく》が、壇上《だんじょう》に現れた。
われわれは一せいに手をあげた。
「本日の記念日に際し、余《よ》は何よりも
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